エスケイプ アンド ハイド1
「俺は君を殺しにきたんだ」
首筋に冷たい刃をあてられたようだった。悪寒が這いずる。
にこやかな笑顔の裏。研ぎ澄まされた殺意が、静かに、ぎらりと牙を剥いている。
心臓の音が警鐘を鳴らす。吹き出す汗が冷気にあてられ、凍り付くほどの寒気に全身が総毛立つ。
「――ごめんね?」
ひゅん。
鼓膜がとらえた、風を切る音。
それが自身へと向けられた敵意だと理解したと同時に、反射的に身体が退く。
投擲された小さなナイフが、先ほどまでディルが立っていた場所のすぐ後ろの木に深く突き刺さる。反応がわずかに遅れていれば、確実に頭部を潰されていただろう。
自身の代わりに抉れた幹を確認する余裕はディルには与えられない。続けざまに飛んでくる二撃、三撃によってディルの意識は否応でも回避行動に向けられたからだ。
ナイフはすべて的確に人体に於ける急所を狙い飛んでくる。さらにその全てが、ディルの行動の一歩先を読んでいる。一投目を避けた着地点の足下へ一投、ぎりぎりでそれを避け、バランスを崩した隙を狙ってさらに一投。
「くっ」
回避不可能なその刃を、ディルはディーナから借り受けた銃を盾にしてかろうじて防ぐ。銃身から伝わる鈍い衝撃がびりびりと腕を震わせる。
一撃を防いだからと言って攻撃がこれで終わるはずはない。ディルは続けざまに来るであろう追撃に備え、意識を集中させる。
それこそが相手の誘導であることに気づかずに。
正面から迫るライトの攻撃に気を取られ、ディルの背中は無防備の状態になる。そのわずかの隙を掌底が貫く。
「がはっ!?」
骨身を砕く強烈な一撃。背後からの衝撃にディルの身体は羽根のように吹き飛び、数メートル離れた木の幹へと正面から叩きつけられる。
「ぐ……ふ……ッ」
口腔に広がった生臭い鉄の味が、口元を溢れ滴る。臓腑もろとも肉体を潰された衝撃は余りに重く。意識が跳びかける。
倒れるわけにはいかない。ディルは咳込み血を吐きながら、ふらつく身体を何とか起こす。
不覚だった。ライトに意識を向けていたあまり、もう一人の存在を見落としていた。未だ焦点が定まらない視界に、白い布が揺れる。掌を前方に構えて、静かに此方を見据えるギルの姿。攻撃を受けるその瞬間でさえ、彼の気配を全く感じることが出来なかった。
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