ハロー・ワールド5
その様に、神は深く絶望した。
愛した世界が、愛しき我が子によって汚されていくことを深く嘆き、悲しんだ。
そして神は決断した。世界のために、裁きの鉄槌を下すことを。
こうして『神の災厄』と呼ばれる未曾有の大災害が世界を襲った。
人類の大半が裁きの火に焼かれ、生き残った人々からは神の恩恵は失われた。
神は信仰を忘れなかったわずかな人間にだけその力を託し、彼らの中から世界の王を選び、人々を導く役割を与えた。そうして王が中心となった新たな世界が築かれると、神はひっそりと姿を消した。二度目の鉄槌をふるうことがないように、望みを託して。
「これが今、俺たちが生きている世界の成り立ちだ。ザルカンタとベルザーク。二つの国がそれぞれ太陽と月の役割を担い、世界を廻す。時を経て、ザルカンタは軍国として形を変えてしまったけれどね」
「月守の塔でメルベルから聞いた話はそれに由来しているのですね」
なるほど、リイラがつぶやく。
「跡形もなく崩れちまったけどな。あの塔。まったく、突然天井が落ちてきた時は死ぬかと思ったぜ。重力使いで良かったって、あれほど強く思ったことはないよな」
「惜しいものです。歴史的にも非常に価値のある塔のように思えましたから。しかしどうして、それを私たちは知らなかったのでしょう。今のレオさんのお話にもあったように、神様という概念はこの世界の成り立ちを語る上で欠かせない事のように思えます。ですが、私たちの意識には神様という存在が全くと言っていいほど根付いていません」
「確かに、リイラの言うとおりだ。きちんとした神話があるというなら、神への信仰はもっと日常的なものであってもおかしくない」
「そう、リイラとダズの言うとおり。不自然なんだ。俺たちは神という存在を感じなさすぎる。信仰心の有無とか、そういう問題ではなく。神というものを、すっぽりと忘れてしまっているんだ」
「天使という存在が身近にありながら、ね」
メルベルが寂しげに笑った。
『神、それを殺すことがおまえの役割だ』
ネオの言葉がディルの脳裏に蘇る。あまりに唐突でありながら、自然とそれが真実であるのだと理解できた。あの濁った眼は一切の偽りの色を宿してはいなかった。
しかしながら、神が一体どういうものであるのか。それはディルにもよくわからない。それがこの世界に存在する。その確信だけははっきりとした感覚として刻み込まれているというのに。
「神という存在は、俺たちの記憶の中から消え去った。その理由は、これから話す『第二の災厄』によるものだ。神の鉄槌は世界に再び落ちた。それは神話の世界よりも遙か未来。俺たちの生きる今と、地続きの時代の出来事だ――」
神から力を役目を与えられた二人の王は自らの国を築き、太陽と月の力でもって世界を廻した。彼らは信仰を忘れることなく、神の意図を紡ぎ続けた。そうして世界は再び、穏やかな平和のもと繁栄の時を歩んでいた。神の啓示を受けた最初の王がこの世を去っても、その意思と力は子供たちに引き継がれた。何代も何代も王の血は続き、世界は廻った。
されど、人は真の神になることはできない。神のもたらした力といえど、人が扱うには限界があった。歪みないはずの循環は繰り返す度に綻び軋み、汚れていった。その果てに、新たな陰が世界に生まれた。
それは『禍罪』。世界に取り残された穢れが形を為したもの。
世界から望まれぬ彼らは、自らを淘汰しようとする世界を恨み、反旗を翻す。
彼らは静かに世界を蝕んだ。繰り返される人の営みの中に紛れ、小さな軋轢を生んでは、すこしずつ歯車を狂わせていった。
時に世界が生む不条理、それを前にして打ちのめされ、迷い嘆く人々の前に『禍罪』は現れる。そして彼らは、は甘い声で『救い』を囁く。
彼らの『救い』は『毒』であった。唆された人々は、世界を呪い、それを創造した神を恨む。無数の小さな怨念は、募って大きな憎悪となる。その憎悪は炎となりて世界を焼く。燃え上がる炎は勢力を増していく。箱庭で世界を見守っていた神にも、その牙が届くほどに。
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