ハロー・ワールド6
そうして、新たな戦いが世界を呑み込んでいった。神の意思を守ろうとする者と神に反し、の手による新たな世界を造ろうとする者たちとの戦いだ。
平和だった世界は再び混沌の渦に呑まれ。多くの悲しみが生まれては、新たな歪みをもたらしていった。戦いは長期化し、命も、大地も疲弊していった。
そうして神は、戦いを鎮めるために再び裁きを下したのだ。
「これが、『二度目の災厄』。最初の者よりも規模は小さく、禍罪によって生まれた歪みを正すためのものだったけれど。それでも多くの犠牲を生んだ。この世界を守ろうと裁きを下した神もまた、弱り、疲れ果ててしまった。神は世界を見守ることをやめ、永き眠りについたんだ。神様が眠りについたことで、荒廃の中で世界は停滞することを余儀なくされた。残された人間は以前のように世界を廻し、保とうとしたけれど、それにも限界があった。神を失った人は無力だ。世界はゆっくりと、衰滅への道を辿ることとなった」
神を失い、世界という名の砂時計は逆さまになってしまった。刻む時と共にさらさらとあらゆるものが剥がれ、崩れ落ちてゆく。そうして人は神の存在を忘れ、世界を廻すはずだった王の片割れもいつしか消え去ってしまった。
神の裁きは『災厄』となり、世界の形はいびつに歪んだまま。そこにいきる人は知らず、落日だけがいつか来る。
「神様が世界を守ろうとしたことで、逆に世界は滅びの道を辿っている……ということですか?」
「そう。今俺たちがいきるこの世界は、崩れ落ちる砂の上にあるんだ」
「そんなことになっているなんて……」
「知るはずもないさ。少なくとも。この世界に生きる人たちのほとんどはそんな真実を知ることもなく一生を終えるからね」
「世界の底に空いた孔はそれほど大きくない。けど、それを広げて一気に世界を崩落させようとする存在がいる。それが、貴方たちの出会ったネオという男よ」
「彼は、まだこの国に王が存在していた頃。その王に使える臣下のひとりだったんだ――」
生まれ出づる太陽を司り、神に変わり世界に命を送る役割を担ったザルカンタ。
その城下に育った彼は国を想う深い心と、先を見通す優れた心眼、正しきを貫く決断力を持つ優れた男だった。
しかし災厄は彼の人生を大きく歪めた。彼の愛する家族は神の裁きに巻き込まれ、尊い命を奪われてしまった。神を信じ世界を愛していた、何の罪もない穢れなき命。
因果にも、それを奪い取ったのは彼らが信じていた神であった。
その悲劇は、彼の全てを狂わせるには十分すぎるほどだった。深い悲しみに捕らわれた男は世界を呪い、差し伸べられた掌と『救い』の声に縋ってしまった。
「その男は罪の誘うがまま、国や仲間への愛や、神への深い信仰を捨て復讐の鬼になり果てた。数百の時が経てど、その憎悪は消えず。それどころかより強く熱く、その熱は増していく。神を殺し、すべてを焼き尽くし、世界そのものを無に返すまで彼は消して止まらない」
「それが……」
ディルが小さくつぶやいた。
憎悪に溺れ、神を呪ったある男。脳裏をよぎったのは、すべての光を呑み込む深い深い闇の色。
「そう。それが、世界を滅びへと導こうとしている人間――ネオだ」
塔で対峙した男の容姿を思い返す。しかし、それをレオの話と一致させるには些か不自然である。ディーナは問う。
「でも、塔で見たその人は、三十代くらいの見た目でした。それに、レオさんの話はもう、何年も昔のことなんですよね?」
「別人なんじゃねえの?」
はっとしたように、ジャルが言う。
「いいえ、本人よ」
メルベルはすぐさま首を振る。
「怨念か、はたまた呪いか。ネオは神への復讐を誓った日から、その時を止めている。憎しみを抱いたまま、災厄の日から今日までずっと生き続けている」
「そんなことが……ありえるのですか?」
神の存在が世界に知られていた。語り継がれる神話の時代から今日までの年月。
気が遠くなるほどの永い間、黒い怨念の炎を燃やし続けている。
なんと、恐ろしいことだろう。リイラは身を竦めた。
「信じられないことだけど、本当のことだよ。メルベルが証人さ。彼女も神様のいた時代からずっとこの世界を見ているのだから」
「えっ、そうなのかよメルベル。すげえ、ってことは何歳なん……でッ!?」
「そういう話はしない!」
指折り年数を数えようとするジャルに、メルベルは横にあった分厚い本を思い切り投げつけた。
「ともあれ、ネオは復讐を遂げるまで、けして止まることはないだろう。今後必ず、再び俺たちの前に立ちはだかると考えていいだろう。神を殺すという彼の計画には、ディルの存在は必要不可欠であるはずだ。逆に考えれば、ディルさえ守り抜けばネオは何もすることはできない。だから、次に奴が現れるまでに、なにかしらの手を打たなければならない。再びディルを奪われることは、なんとしても避けなければ」
「具体的な策はあるのですか? 現に、最初の接触を許してしまったからこそ、こんな事態になってしまったのです。言葉だけじゃなくて、実現可能な対策を考えなければ。また同じ事を繰り返すだけです」
リイラの指摘はもっともだ。レオは苦渋を笑みで誤魔化す。
「はは、耳が痛いね。正直な話、具体的な策があるかといえば、ノーだ。状況は非常に厳しい。こうならないためにいろいろと考えていたのだけど、敵は俺よりも上手だった。いいようにやられてしまったというわけだよ」
情けないことだけれどね。毅然とした口調とは裏腹に、細められた瞳には悔恨が映る。
「しかも、問題はそれだけではない。ネオは一人だけで、これほどのことを成し遂げた訳ではないんだ」
打倒ずべき驚異はネオだけではない。
さらなる悪意が、まだ裏で息を潜めている。ネオを唆し、その悪意を燃え上がらせる『禍罪』の存在。
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