廻る世界、揺らぐ月7 「あなたは……」 行く手を阻むニナの姿に、ディーナは自然と全身を強ばらせた。背中がずぐりと熱を持つ。 夜空の月はあまりにか細く、もう時間は残されていない。そんな中で戦うには厄介な相手だった。 先の戦いで傷を負ったのは互いに同じ。そのはずだった。 しかしニナの肉体はすっかりと再生を終えていた。深手を負いながらも、必死で刻みつけたはずの傷は、可憐な少女の白い肌には微塵も残っていない。 すべて無駄だったのかと、諦念が立ち向かう為の意思を折ろうとする。 それでも、ここで諦めてはすべてが意味をなくしてしまう。 ――なんとしても、ここを突破する。 「これ以上、あなたの好きにはさせないわ。そこを退けてもらう」 ディーナは決意を新たに両手に銃を構え、まっすぐにニナを捉える。 「そうだ。俺たちはここで立ち止まる訳にはいかないんだ」 「はい。なんとしても扉の先にいかせていただきます」 ダズとリイラもそれぞれ武器を構え、じっと少女を見据える。 ニナの口元が、さらなる歪な弧を描いた。 「あは、あははは! 馬鹿みたい。それは全部、ニナの台詞。ニナも、お前たちにこれ以上邪魔をさせるわけにはいかない。お前たちにディルは渡さない。絶対に、邪魔はさせない」 「ディルは私たちの大切な仲間。あなたたちの思い通りにはさせない。皆、いくわよ!」 声を上げたディーナは、まっすぐニナへと駆けだしていく。 先陣を切った彼女に合わせてダズとリイラも戦闘体制をとる。 ディーナを支援するようにダズは周囲の空間を冷気で覆い爆発に備え、リイラは幻術を展開してニナの視界を攪乱する。 「ちぃ……うるさい!」 二人の援護はニナの動きを鈍らせる。 その隙をぬうように、ディーナは装填した光の弾丸を放った。 銃声が空気を震わす。 塔の上空、月の光はどんどん陰っていく。 ◆ ここは一体どこなのだろう。 夜闇の空を見上げると、朧げな月上がり。先ほどまで満月だったはずの月がいつの間にか半分ほどの大きさになってしまっていた。 心臓を締め付ける緩やかな不安に唇を閉ざして、リサは目の前を歩く紅蓮の男の背を追った。 レオの元を離れて。彼に連れられてやってきたのは流れゆく時の中で朽ちた遺構だった。なにかの石碑だろうか、さまざまな大きさの石が無作為に転がっている。その周りには埋め尽くすように草が生い茂り、長い間人の立ち寄りがなかったことを物語る。 月光に淡く光る白い花がひんやりとした夜風に揺れている。それに目を奪われていたところで、ふと男が立ち止まる。 「今宵は太陽が月を食らう日。宵の宴にこれ以上の舞台はないな」 「どういうこと? 月がどんどん欠けていってる。こんなこと、いままでなかった」 レッドは宵月を見上げていた視線を下ろし、リサへと向けた。 自分と同じ真っ赤な瞳。大嫌いだったその色で他人から見つめられるのは居心地が悪い。 「世界のバランスが少しずつ崩れていっている証拠だよ。太陽と月はこの世界の裏表。生まれ出る命と眠りゆく命の灯台であり、ゆりかごさ。常に対等である二つが互いを喰らいあうことなどけしてしない。それが世界の理だった」 「あんたの話は回りくどくて嫌いだわ。もっと解りやすく言いなさいよ」 「ははは、済まない。簡潔に言おう。世界は今、異常と言うことだよ」 「異常? どういうこと?」 「本来あるべき世界の流れが滞っているんだ。先ほども話しただろう。世界は廻り、命は巡っている。生と死の円環、それこそが世界であると。死した命は再び巡りて、新たな命として世界に生まれる。こうした循環が世界を形作っていると。その循環はけして逆らうことの出来ない、壊れることのない神の造りしプログラムだ。だが、それは完全でも、永久でもない。恒常化し、慢性化したプログラムにはいつしか綻びがうまれるものだ」 生ぬるい風が、リサの髪を揺らした。 ここに来るまでにレッドに聞かされた世界の話。興味深い話ではあるがなぜ、そんなことを自分に語るのか。その意図はよくわからない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |