廻る世界、揺らぐ月6
◆
後方から聞こえてきた轟音が、塔全体をゆるがした。
思わず足を止め振り返りそうになるディーナを、リイラの声が引き戻す。
「ディーナ、前です!」
はっとした眼前に獣の鋭い爪が迫っていた。咄嗟に身を反らし鼻先でそれを避けると、隙のうまれた無防備な腹部へ発砲する。
きゃおん――弱々しいうめき声をあげ、猛獣は銃撃に倒れた。
「ごめん、ありがとう」
「いいえ、気を引き締めて行きましょう」
猛獣が肉体を再生させるわずかな間、動きを止めているうちに再び走りだす。
群がる敵をジャルが一手に引き受けたおかげで、猛獣たちの驚異は最小限に抑えられた。しかしまったくその数がなくなったわけではない。先ほどのように突如として現れる残党が油断を許さない。
それでもただ、ディーナたちは上を目指す。
「……っ」
突如、背に走る鋭い痛みにディーナを表情を歪めた。こんなことで立ち止まるわけにはいかないのだ。
この程度の傷などなんということもない。唇をかみしめながら自身にそう言い聞かせ、足をひたすら前に動かす。
「ディーナ、大丈夫か?」
彼女の異変に気づいたのだろう。先を進んでいたダズが足を止め、振り返った。
「わ、」
進むことばかりに必死になっていたディーナは、それに反応できずにぶつかってしまう。バランスを崩した彼女の身体を、なんとかダズが支えたので大事には及ばない。
「……大丈夫だよ?」
「そうは見えないな。傷が痛むのか?」
正直に答えてほしい。真剣なダズのまなざしを見ることはせずに、ディーナは首を横に振った。
「大丈夫、何ともないよ。傷はさっき完全に治したし、立ち止まるようなことじゃない。時間がないの。進まなきゃ」
ディーナの視線はただただ前を向いていた。
立ち止まるこの時間が惜しい。前に進まなくては、その意志だけが彼女を突き動かしている。
痛みに震える自身の身体すら省みることなく。ただひたすらに、前へ、前へとその意志は向かう。
ダズはディーナの肩を掴んだ。
「ディーナ。医者としての立場で言わせてもらえば、これ以上無理をして進むことはさせたくない。ここで、俺たちを待っていてくれないか?」
「いいえ。それは出来ない」
ディーナは首を横に振る。
「足手まといになるなら、先に行ってくれてかまわない。見捨ててくれてかまわない。これは、私のわがままだもの。私は行くわ。私の力で、ディルを助けたいのよ」
そう微笑んで、ディーナは再び足を進める。
ダズはそれ以上何もいわず、彼女を引き留めることもしなかった。
自分が何を言ったとしても彼女の意志を止めることはできないと、悟ったのだろう。彼はディーナの隣を走る。
様子を見守っていたメルベルとリイラも、それに合わせて走り出した。
最上階が近づく。
灰色の階段を登りきり、広い踊り場のような場所に出る。その最奥、大きくそびえたつ鉄の扉が目に入る。
月守の塔というだけあって、両開きの扉にはそれぞれに月と太陽を模した装飾が施されている。芸術的価値を感じさせる遺構は、このような状況下でなければじっくりと眺めていたくなるほど。
――この先に、ディルがいる。
そう思うだけで、ディーナの足は自然と速まる。
しかし、扉と彼女たちを隔てる最後の障壁が待ちかまえていた。
無機質な光景が広がる中で、ひときわ明るい色が咲く。それは灰色の世界で異様なまでに目を引く、人形を思わせる金色の花。
「あはは……こんな所までわざわざニナに殺されに来るなんて、本当に愚かだよね。お前らってさ」
唇を三日月に歪めて、その瞳いっぱいに嫌忌を宿して、すべてをあざ笑うかのごとくニナは両腕を大きく広げた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!