長い夢のエピローグ16
「――破られた」
嫌な予感というものは、どうしてこうも当たるのだろうか。素肌にまとわりつくような、そんな居心地の悪い沈黙を破ったメルベルの声を聞いて、レオはまずそう思った。
数刻前、リサがレオの部屋を出て、赤い男と出会うまでの間の時間。ついに顕在化した違和感に、メルベルははじかれたように声を上げた。それからすぐに、その違和感はレオの元にも伝わってくる。
この城の周辺を覆っているメルベルの力が何者かによって破られたのだ。外からこの場所を隠し、脅威にさらされることのないように施した結界。それが壊されてしまうことなど、いままでなかったことだ。
「一体誰が……」
メルベルの力はそう簡単に破られるものではない。それができるもの、それほどの力を持つもの。大方察しはついていた。
結界を破った者はすでに内部へと侵入してしまっている。一刻も早く対処しなくてはならない。
立ち上がると、レオは椅子に立て掛けてあった杖を手にとる。そして真っ先向かうのは、結界の破られた場所。
メルベルの力の効力は失われていない。一時的に結界は破られたものの、すぐに修復しこれ以上の侵入は許していないはずだ。
仲間には気付かれないように、城の内部を抜けて、外の森へ。
「ごめんなさい。私がもっと気を張っていれば」
「いや、メルだけの責任じゃないよ。それに、いつかはこうなると解っていた」
薄暗い森の中。レオの視界に、鮮やかな色が映った。流れ落ちる血のようでありながら、穢れをしらない無垢な赤色。
「あれは……!」
メルベルが声を放つ。
そこに在るのは二つの人影。一つはとても大切な。一つは忌むべき呪い。まるで逢瀬のように、差し伸べられた手を取らんとする。そんな瞬間だった。
こちらの姿に気付いて、忌むべき男は口元に笑みを浮かべる。今まさに、守るべき者を奪われようとしている、そんな男をあざ笑うかのように。
「リサ!」
叫び、レオは男の元へと駆け出す。手にした杖を強く握り、仕込まれていた刃を一気に引き抜く。露わになった刀身が木々の隙間から漏れる日差しを反射して煌めく。その一瞬でレオは男との距離を詰め、刃を振るう。
空を斬る音。赤い男はふわりと後方に跳躍し、余裕の表情。
「……レオ?」
自分を呼ぶ声に、まどろみの中にあったリサの意識が覚醒する。男の腕に抱き抱えられた状態、体にうまく力がはいらない。ぼんやりとした思考の中で二人の会話が耳に響く。
「甘いな。彼女を守り、かつ制限のかかった力で私を倒せるとでも?」
「……リサを離してもらおうか。その子を渡すわけにはいかない」
皮膚を裂くような空気が流れる。にらみ合う視線も、放たれる言葉からも、空間すべてが相対する存在への敵意で満ちていた。
「おや? まるで私が無理矢理彼女を連れていこうとしているかのような言い方じゃないか。勘違いしないでほしい。彼女の方から、私の手を取ることを望んだのだよ」
「ふざけるな……」
帽子で隠され、いつものようにその表情は見えない。しかしこんなにも真剣な。明確な敵意を放つレオの姿をリサは初めて見るのだった。いつも接しているあの穏やかでおかしなレオと、いま目にしているレオが同じ人物であるなどにわかには信じがたい。目を疑う光景だった。
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