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夜の世界3

「――はい、申し訳ありません」

しまった。ダズは慌てて頭を下げる。ジャルも仕方なく同様にしているが、ディルだけは我関せずといった様子で。プライドの高い高貴な依頼人がそれを見逃すはずもなく。

――ああもう!
そうダズが頭を抱えた時には時すでに遅し。リックフォルクは顔を真っ赤にしてディルを指さす。

「貴様、護衛の分際でずいぶんと頭が高いな!身の程というものを知っているのか!?」

「……あ?」

当然、貴族のプライドなどをディルが知るはずもない。より威圧感を放って対抗を始める。何時にも増して機嫌が悪い彼が、この依頼人を前にしてそう長い時間耐えられるはずがなかったのだ。ダズは後悔した。後悔した所でどうにかできたわけではないが。

――いや、後悔している場合ではない。なんとかこの場を納めなくては。

このまま問題が修復不可能になることだけは何としてでも避けたい。考えをめぐらすダズ。
だが、下手な行動をしても火に油を注ぐことにしかなりかねない。どうしたものかと行き詰った矢先、助け船は思わぬ方向から訪れた。

「あらん、ジャルじゃない?」

甘ったるい女性の声が緊迫した空気を溶かして響いた。
何事かと視線を向けると、そこにいたのは漆黒のドレスに身を包んだ女性だった。ルージュで彩られた唇が楽しげに笑顔を形作っている。
その声は確かにジャルの名を呼んでいた。知り合いなのだろうか、確認しようと彼の方を見ると、ジャルは顔を強張らせて彼女を見ていた。驚きのようにもとれたが、もっと違う感情が滲んでいるようにも見えた。

「久しぶりじゃない。元気だったみたいねぇ」

整えられた大人の顔が、優しい女性の表情を見せた。それはどこか母性のようなものを感じられるものだった。
こちらに歩み寄る女性に、ジャルが小さく「アーシラさん」とつぶやいたのが聞こえる。どこかきまりの悪そうな、困惑の表情が、ジャルの顔から今度は鮮明に見てとれた。

「何だ貴様は!」

空を切り裂くようなリックフォルクの怒声が耳に障る。女性は、きょとんとした面持ちで真っ赤な顔の男性を見つめ、今度はこちらへと歩み寄っていく。

「おにいさん、そうかっかしちゃ身体に毒よん?せっかく素敵でいらっしゃるんだから、笑って笑って」

両頬に人差し指を当て、女性はにこりと笑顔を崩さない。

「近寄るな!下賤な雌豚め!!おいお前ら!この汚い不届き者を殺せ!!私を守れ!!」

慌てふためきながら、リックフォルクは声を上げる。「依頼主の声が聞こえないのか!!早く!!」と叫ぶ声は上ずっている。

無茶な命令だ。依頼主の頼みとはいえこちらにほとんど危害を加えていない女性を殺すことができるはずがない。しかし、「早くしろ!」とまくし立てるリックフォルクをなだめることも容易ではない。



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