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20071229


「晋助は蕎麦派でござるか、うどん派でござるか?」

それは冬晴青も遠い、昼最中。
朝方戻ってきた万斉が、取り敢えず自室に籠って数時間。
出てきて、高杉の顔を見た瞬間に口にした言葉だった。




やり残しにご注意下さい





予想もしない台詞を万斉が言い出すのは常の事だが、一昼夜顔を合わせなかった人間から帰参の言葉もなく、食べ物の嗜好を唐突に問われれば。
朱塗の煙管を手に武市と巻き物を広げていた高杉とて、流石に一度眼を見開く。

「私はうどんですね。あの白く細く、腰のある歯応えは花開く寸前のつぼ」
「武市殿には聞いてないでござる」

滔々と、のっぺりした口調で語り出した武市を遮り、万斉は場に片手を付いて腰を降ろすと高杉の瞳を伺う。

「……して、晋助」
「……唐突に、何言い出す」

瞬きをしても、覗き込むような万斉の視線は揺るがない。

「実は、お通殿のカウントダウンライブがあるのだが」
「ああ……」

確かに、そんなような事を言っていた。
何でも某大手芸能事務所が総力あげて挑む、年末のカウントダウンライブに寺門通個人のコンサートをぶつけるのだという。
視聴率を如何に稼ぐか、と。先日万斉が語っていたのを、高杉は聞き流していたのだが。
覚えては、いる。

「カウントダウンであるから、やはり年越しらしいイベントにせねばなるまい」

そこで。

「……流し年越し蕎麦か、うどんか」

悩んでいるのでござる。
頷きながら締めくくった万斉を、うんざりと見やる。

「何だっていいだろう」
「普通は蕎麦ですが、ここは敢えてお通さんの艶めかしい姿に喩え、パスタ等はどうでしょうな?」

妙に武市は乗り気だが、その双眸はどこを見ているのか解らない。

「なんでパスタなんだよ?」
「高杉さん、考えてもみて下さい。パスタというものは、芯を残して茹でるアルデンテが命です。開花寸前の匂いたつそれ」
「あー……ごほん」

咳払いで武市を再び止める万斉。
そうしてから、もう、本当に可哀相な生き物に向ける哀れみのまなざしを武市に向けている高杉に、居住い正して向き直る。

「……それは、蕎麦を流すのか?」
「ファンとの一体化を持って、新年を迎えるライブでござる。ステージから縦横無尽に張り巡らされた『不死鳥ロード』に、黄金の蕎麦かうどんを爆音と共に流
す計画なのだが」

高杉の眼に、今度は万斉を憐れむ色が浮かぶ。

「黄金の蕎麦かうどん……」

不味そうだが。

刹那浮かんだ台詞を視線に込めたつもりだったが、万斉は気付かない。

「左様。フィナーレに年越し蕎麦か、うどんを一丸となって『不死鳥ロード』から掬い、一斉に啜るでござる」
「黄金ならば、尚更パスタではないですか?」
「武市殿。パスタを流してどうするでござる」
「ですから、ホワイトソースと共に流れる生娘に見立てたパスタが、ソースと絡み合って大人の階段を」
「生々しい喩えはやめろや」

こめかみを押さえながら、高杉は苛々と煙管に歯をたてる。
鈍い頭痛に、眉間に皺を寄せながら煙草盆に音立てて煙管を打ち付けた。

「煙管が痛みますよ」
「煩せえな」

カンカン、と煙管を煙草盆に小刻みに打ち付け、無表情の武市と高杉しか見ていない万斉を交互に眺める。

「パスタはまず、却下だ」

やりたきゃ一人でやれ、と煙管の先を武市に向けると、武市は瞬きせず頷いた。

「そうします」
「……隊内ではやるなよ」

それから、と。
甘い香りを立ち上ぼらせる煙管が、今度は万斉を向く。

「蕎麦でもうどんでも、テメエは好きなもん流せ」

淡く立ち上る香りの動きを間に置き、万斉は高杉の隻眼を見つめていた。
サングラスの奥の感情を、高杉がどれ程読み取っているものか。
鋭い彼の事だから、とっくに答に行き着いている。などと。


想うのは、おこがましい、か。


「拙者はこれでも敏腕プロデューサーでござる」
「自分で言う奴は当てにはならねえがな」
「プロデュース中の歌手の、一大イベントに欠席はできかねる」
「まあ、そうだろうな」

それを許さぬような、狭量の人間じゃない。
高杉の瞳が雄弁に語り、加えて少しばかり、拗ねたような色まで滲む。


無自覚とはかくも恐ろしい。


万斉はごくり、と唾と共に溢れそうになった欲求を、音立てて飲み込んだ。
畳に音もなく、彼の長い指が爪を立てる。

「話は聞いてるし、かまわねえと許可も出してる筈だ」
「如何にも」
「なら、問題はねえだろう」

紫煙を吐き出し、高杉は巻き物に眼を落とす。
話は終わった、と。
態度が物語る高杉を下から覗き上げるように、万斉は手を付いて姿勢を低くする。
低く、だが深い響きを含ませて彼の名を呼ぶ、と。
朱塗の煙管が、ぴくりと震えた。

「……拙者が言っているのは、そうではない」

翠の中に揺れる高杉の感情は、楽しそうに。
からかうように。


煽る、ように。


木漏れ日のように、揺れている。

水盤にじわり、と広がる色水のように。
万斉は口端で笑い、触れられそうな翠の視線と己の視線を絡ませる。

「準備もある故、年末はほぼ戻れぬ」

今日の朝帰りも、その打ち合わせの為である。

「結構な事じゃねえか」

忙し過ぎる位が、ちょうど良いだろう。
そう、高杉は悠然と笑う。

「…………晋す、」
「河上さんは、淋しいのですね」

表情らしい表情を浮かべぬ能面のまま、武市が唐突に割って入った。
散々武市を遮った万斉だが、まさかやり返されるとは思っていない。
加えて、武市の存在が万斉の中ではすっかり抜け落ちていた。
有り得ない事である。
己の失態に、完全に思考が停止したのを、一拍置いて何とか息を飲みつつ、喘いだ。

「たっ、」
「高杉さん。河上さんは、此処で12月31日を迎えられなくて淋しいんです、」
「武市殿っ!!」

ペラペラと鷹揚無く語る武市に、万斉は勢いだけで抜刀しかけた、が。

「…………ぷっ」

高杉が震えている。
全身を小刻みに、黒い髪をさらりと揺らしながら、煙管の先まで震わせていたかと思うと。

「……く、はははははっ」

耐え兼ねて、彼は声をあげて笑いだす。
高杉のそんな姿、滅多に見ない。
もしかしなくとも、初めてではないだろうか。
万斉は呆気に取られ、柄に伸ばしかけた手もそのままに、唯々笑い続ける高杉を見つめるしかない。
同じように眺めていると思っていた武市は、徐に広がったままだった巻き物を丸め、高杉に頭を垂れる。

「では、また私は後程」
「ああ」

片手を振って武市に応えた高杉は、楽しげな表情のまま、万斉の名を呼んだ。
甘く己の名を囀られ、その煙管を持つ手が柔らかく差し出される。
袖から覗く細い手首と、それを浮かび上がらせる陰影。
衣擦れの音の中、万斉唯1人に向けられた甘い、煙管。

「……笑いすぎでござろう」
「武市に言えよ」

朱塗の煙管を受け取り、そのまま煙草盆へと静かに置く。
そうして、高杉の頤に触れた。
万斉の指先の、温もりと優しさを味わうように高杉は瞳を細め、また笑う。

「……淋しい、のか?」
「…………さて、」

言葉を彩る唇に、触れる。
なぞった指先を、赤い舌が猫のように舐めかえした。

「晋助は、如何でござる?」

啄まれた自身の指に、万斉もまた唇を触れさせる。
甘くもないのに、と。
ひんやりとした指に、自嘲した。


「淋しい」


翠が挑むように光を湛え、万斉を映す。


「そう、言ったら満足か?」















暫く視線を絡め合った。

「さて」

高杉の左頬に、指の背で触れる。

「その言葉が、真ならば」

左頬を覆うガーゼの、どこかざらついた感触越しに細い輪郭をなぞり。
音もなく揺れる、朝焼に似た深い紫を含んだ黒髪へと、指を掻き入れる。
その流れる髪の動きも、収まらぬ間に。

一呼吸も要さず、項を引き寄せて唇を、深く合わせた。
無防備な高杉の腕が作る影が、小さく揺れる。

触れ合った舌先から、痺れるように最初に伝わるのは決して薄れぬ、甘苦い刺激だ。
そこから踏み入れば、もうそれは刺激等ではなく、唯純粋に万斉の雄を刺激し煽る快楽であり。
万斉が与え、深く深く口内を巡り総てに足跡を刻む、口付けに。

「んっ…………」

ぴちゃり。
水音あげて、指先を震わせながらも万斉の誘う先へと従順に応える高杉自身も、交わされる触れ合いに肌を淡く染める。

「はっ…………」

甘い香りよりも、甘美な口付けを高まる熱とともに貪る。
そうして、項に手を添えたまま高杉を、静かに畳へと沈めた。



伏せられていた瞳が、風に揺れる葉のように小さく笑う。

「……昼間っから猛りやがって」

万斉は身を沈め、白い首筋に熱を持った口付けを落とす。
高杉の指先が、一度震えた。

「……自分は違う、等と言えまい?」

鮮やかな着物を割り開き、首筋に印を刻みながら万斉は長い指を下腹部へと、細い身体のラインを沿わせながら降ろしてゆく。

「っ…………はぁ……」

唯身体をなぞられるだけなのに、高杉は指先を震わせて呼吸を乱していく。
しっとりと身の内の熱を露にしながら、自身の甘い香りよりも濃厚に高杉を包む、人斬りの纏う紺碧な香りと、硬質な温もりに身体の芯が反応する。
濡れ澄んだ隻眼が、高杉を覆う男の名を、紡ぐ前に。

ぐちり、と万斉の指が尖端に到達し、指が濡れた中央を音立てて刺激した。

「アアッ」

のけ反るように身体が跳ねる。
刹那の思考は緋に染まり、視界すら掠めさせる。
基より敏感な高杉では、ある。
万斉はその反応に、自身の熱がより煽られるのが解った。
常以上の高められた声に、高杉を刺激する指の動きもまた強く、根元から一息に撫で上げた。
ぐちゅ、とより濡れた音と高杉の弦を弾いたような声が重なる。

「やっ…………ま、ばんっ……んぁ」

溢れる滴が量を増し、万斉の指を濡らし手を汚してゆく。

「……昼間から、よい反応でござる」

身体の素直な啼きに従順な高杉の、脚を広げさせ滴る滴を一舐めした。

「アッ」

万斉の与えた刺激に応えるように、ふるりと震えたそれに、なおも強く舌を押し付けて、舐め上げる。
指の辿ったのと、同じ襞をなぞる舌の動きに、脳の奥から思考を溶かす快楽が高杉の全身を走り、言葉もない声を響かせた。
万斉は決して口内に高杉を含まず、襞の間を掬うように舐め取っていく。

「やっ……ァア……」

びくびくと震えるそれは、雫を滴らせ襞を滑り、根元から畳へと零れる、それを。
万斉の指が絡め取り、舌先が尖端を強く吸って、

「ああっ!!」

別れを告げる。
細く、引かれた透明の糸が、弱々しくも暖かい、冬の光を受けて光った。
高杉のものに這わせていた舌で、万斉は高杉の唇を舐める。
応じるように、高杉が舌を伸ばし、すぐに絡み合って深く口付けを刻んだ。

「真昼でござるが、続けても?」
「いまっ……さら…………」

荒い息の下、掠れた声で応じる高杉は、眉をきつく寄せて射るような視線を万斉へ向けた。
当然だろう。
唐突に断たれた愛撫は、高杉を中途半端に煽っただけだ。


微かに震える指先に、しとった全身。
肩を剥がれた着物は、高杉の両腕を拘束するかのように、蟠る。


視界からも万斉を刺激するその姿に、微笑を浮かべ、広げられた足の間から、万斉は身を引いた。
濡れた指で高杉の顎を上向かせる。
潤んだ翠は、遠い季節に濡れた色。
5月の宝石と並べても、遜色のない深い光。

「…………この色味のない季節に、なんと贅沢な色、か」
「ば……んっ!!」

高杉の腰を浮かせると、その細い身体を俯せにさせる。

「やっ……」

力の行き渡らない、震える背に、唇を触れさせた。

「少々、その眼は刺激が強い」

その眼に、己以外が映る当たり前の事実。
そんな事に、絶え切れぬとは言わない、が。

「な、に…………アアッ」

腰を上げさせ、待構えているように震えたそれへ、指先を埋めた。
跳ねる肢体を啄みながら、鼓膜に馴染んだ卑猥な水音に万斉は嗤う。
指の動きに応える喘ぎ声を何時迄も堪能したい、と。
そう、思いながらも万斉の指は粘りつき、指先を熱く包む中でその動きを早める。

この肢体を統べる、征服欲にくだらない嫉妬心もまた、満ちてゆく。

「アァ……ハ、ァッ」

着物の中で、高杉の指先が震え、遅れて身体が震えた。
余波が消える寸前、万斉の指先が、高杉の中でくちゅ、と。


音立てて。
芯を刺激した。

「ヤァァッ!!」




びちゃり、と白濁した液が溢れでて、畳を汚す。

「はっ……はぁ、はぁ…………」

はっきりと濡れた眼が、全身を震わせる息の中で揺れている。
折れそうな背中に浮かぶ汗すら、光を受けて眩い。

「晋助、」

囁いて、揺らいでいるその意識を引き寄せる。
支えねば崩れ落ちる腰を、支えつつ背後から耳朶に触れるように優しく、囁いた。

「……未だ、物欲しいようでござる」
「ちが…………んぅ」
「晋助の奏でる音色は極上だが、陽光の中にまで響かせる事もあるまい」

高杉自身のもので濡れた手で、万斉は彼の口を覆う。
一瞬、高杉の身体が強張った、が。


つぷ、と。
押し当てられた万斉を、躊躇いながらも飲み込み絡み付く、音。
そして。

「んんっ……んっ!!!」

跳ねる身体を押さえるように、万斉は高杉の上に乗り、ゆっくりと、確実に自身を沈めていく。
くぐもり押さえこまれた高杉の声に変わるように、万斉を飲み込む音は、煽るように響きを深くする。

「んんっ!!!」

伸し掛かる重さと、自身の中を埋められていく痛みと快楽に、上げる声も奪われて。

「晋助……力を、抜け」

言われるままにならない高杉の身体は震え、腰を支え口許を覆う万斉の手がなければ、とうに沈み込んでいた。
それでも、脳髄に直接響く痛み以上の快楽を、貪ろうと高杉の意識は辛うじて踏み止どまっている。

「はっ……」

熱を込めた吐息を漏らす。
と、同時に万斉がより深く、穿った。

「っっ!!!!!」

生々しく粘ついた水音が鼓膜を汚したが、振り切れた快楽の波が、高杉の全身を震わせる。
万斉の指を内側から熱く汚す吐息が、より激しく早くなる。
ぞわぞわと自身を包み、絡む内壁に万斉も吐息を漏らし、眼を細めた。

「んんっんっ……ふっ」

激しさを増す律動の中、荒い呼吸とくぐもった嬌声に、絶える事なく絡み合う滑りある水音。

「っは……!」

恍惚と、高杉の舌が万斉の指の内側を舐め上げ。


つき動かされるままに、再度濁った白液を高杉がまき散らしたのと同時に。
堰を切った欲液が、高杉の中を満たした。














「結局、そばでござるかうどんでござるか」

万斉の腕の中に余韻の残る身体をすっぽりと包み、高杉は障子すら眩しく通り過ぎ、格子の影を落としてゆく陽射を受けていた。
久方振りの情事は、吐き出された熱の高さも相俟って未だ内で燻っている。
指先を動かす事も億劫だったが、睫毛を震わせて万斉を見上げる。

「どっちだって」
「晋助と、」

言葉を遮った万斉は、高杉を包む腕に僅かに力を込める。
そう、感じられた。


「同じ物を、同じ時間に食べたいと望むのは分不相応でござるか……?」


「…………ば、」

万斉の眼差しに、言葉を飲んだ。
つい先刻の、荒々しくさえあった行為の熱など感じさせない、柔らかな視線。

陽射よりも暖かく注がれるそれに、高杉の体温がゆるりと、上る。

真摯なそれを、笑う事も出来ずに高杉は俯いて。





「……………………うどん」


顔を上げずに、応えた。


「了解した」

柔らかく響き返された声に、高杉は眼を閉じて、少しだけ笑う。
そんな事の為に、イベントを私物化してしまう、事も。
そんな事の、為に。

「……晋助」
「……何だよ」

万斉の指が、高杉の髪を撫でて行き。
熱い唇が、高杉の耳朶に触れた。
びくん、と跳ねた身体をしっかりと抱きしめられる。
囁きは、吐息よりも甘く。


「……今日は、離さぬでよいか?」


まだ陽も高いというのに。
高杉を刺激する。
零れるように笑い、瞬きをしつつ高杉も両手を伸ばし、

「しっかり、覚えていくんだな」

今年見えるのは最後であろう、男を抱き締め返すと。
熱を交わすように、感触をなぞるように。

万斉は口付けを返して。
その指先に、力を込めた。


















あきゅろす。
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