第2話 探求者編より‐探し物‐
【後編】


 カウンター横に設えられた応接室はアシュタルが漠然と想像していた以上に広々としており、個人経営のこの小さな宿には些か不釣り合いの様にさえ感じられた。
 整理整頓と清掃が充分に行き届いた室内からは、関係者の生真面目で几帳面な性格を窺い知る事が出来る。
 勧められた柔軟なソファーに腰を落ち着け、出されたお茶で渇いた喉を潤す。そして、今回の依頼人(クライアント)であるマリエッタが戻るのを待つ。
 室内は、至って静寂なものだった。
 普段なら隙あらば喋り続けているウィズも今はアシュタルの隣で茶菓子を頬張るのに余念がなく、その結果として奇跡的な無言に満ちた空間が仕上がっているのだ。
 けれど、再び開かれた応接室の扉の向こうの廊下からマリエッタが姿を現すまでにさして時間は掛からなかった。
「ごめんなさい。待たせてしまって」
「良いって! 気にすんな!……けど、宿の方は大丈夫なのか?」
 先程と変化のない真摯な面持ちで後ろ手に扉を閉め、アシュタル達の向かいのソファーに座るマリエッタ。そんな彼女に、ウィズが何気ない風体で尋ねた。
「ええ、そっちは問題ないわ。事情を話して、妹に任せて来たから」
 マリエッタは頷き、言う。
「そっか。だったら、安心だな!」
「それで、依頼なんだけど……」
「おう! どんと来い!」
 あっという間に空になった深皿をテーブルの脇へと押し遣りながら、ウィズは持ち前の無駄な元気と威勢を振りかざす。彼の欠片の悪気もない無遠慮な振る舞いにマリエッタが一瞬引いた素振りを見せたのは、アシュタルの気のせいではないだろう。
 申し訳ないと思わなくもないが、こればかりは慣れて貰うしかない。アシュタルは、長い付き合いで理解していた。
「えっと、依頼の内容は……わたしの宝物を、一緒に探して欲しいの」
「宝物?」
「小さい頃、祖母に貰ったブローチよ」
 心痛な瞳で、マリエッタは続ける。
「わたしは、この通り『銀』だけど、いずれは『金』になりたいって思ってる。だから昨日も、友人と2人で市民公園へ修行に出掛けたの。そしたら、いきなり魔物の大群に襲われて……。一昨日までは、こんな事なかったのに」
「マジか……そりゃ、大変だったな」
 確かに、近頃は幾つもの市町村で魔物による被害が急増していると旅先で耳にする機会が増えていた。原因は未だ解明されておらず、今回も同様のケースか。
「わたし達は力を合わせて、なんとか公園から脱出したわ。でも、その時になって気付いたの。ブローチがないって」
「つまり、取りに戻りたいけど魔物がわんさかいるから無理って訳か」
「ええ、そうよ」
 マリエッタが伏せ気味だった顔を上げ、再びこくりと頷いた。
「わたしと友人は、手分けして『金』の人達を集める事にしたの。そこで――」
「そこで、たまたま見付けたのがオレらだったんだな。よし、話は分かった! 行くぞ、アシュタル!」
 マリエッタの台詞の終わりを待たずしてがたんと音を立てて勢い良くソファーから腰を浮かせたウィズは、脇に寄せていた長柄斧を手にアシュタルを促した。
「じゃあ……引き受けてくれるの?」
「当たり前だろ! 目の前に、困ってる奴がいるんだ。放っておけるかよ!」
「……有難う」
 ひたむきで曇りのないウィズの言葉に、マリエッタの双眸に涙が滲む。余程、大切なブローチだったのだろう。
 アシュタルも緩慢な動作で立ち上がると、せっかちに部屋の出入口へと駆けるウィズの後に飽くまでマイペースに続いた。いや、続こうとした。
 ウィズが出入口に到達するよりも微かに早く、扉が何者かの手によって外側から豪快に開かれ――程なくして、若い青年が室内に飛び込んで来た。
「マリエッタ! やったよ! 遂に『金』の人達を見付け……あれ?」
 興奮も露わに入室して来た青年は取っ手に手を掛けようとした体勢でぽかんと停止しているウィズと暫し見つめ合い、やがて笑顔から一変した呆けた顔で室内を見渡した末にアシュタルの存在にも気付く。
「ルシオ」
「マリエッタ、この2人って……」
 ルシオと呼ばれた青年が、戸惑い気味にアシュタル達を視線で示して問う。
「わたしが見付けた『金』の人達よ」
 マリエッタが、静かに応じる。
「これはまた、随分と……いやいや、歳は関係ないよな。うん」
 ルシオは銀のチョーカーを装着した首を緩く振り、単独で納得を済ませる。
「紹介するわ。彼が、友人のルシオよ」
 マリエッタはアシュタル達に告げ、改めてルシオに向き直る。
「見付かったの?」
「ああ、そうそう! 剣士と魔導士の2人組で、戦闘にも凄く慣れてるって!」
 抑え切れない興奮が再燃したらしいルシオを見て、ウィズがぼそりと呟く。
「なんか、騒がしい奴だな」
 どの口が言うのかという真っ当な疑問を内心に留めつつ、アシュタルは左手の魔法指輪(ウィッチクラフトリング)を確かめる。指輪に嵌め込まれた無色透明の魔法水晶(ウィザードリークリスタル)が、室内の明かりを受けて鈍く輝く。
「――そんな訳で、僕はルシオ=マクスウェル。今回は、よろしく頼むよ!」
 ルシオがアシュタル達に見せた笑みはどこまでも純粋で、眩かった。


‐後編 終‐


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あきゅろす。
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