第2話 探求者編より‐探し物‐
【前編】


「よっしゃー! 着いたぞ、アシュタル! マジで着いたぞ!」
 目的地である町に1歩足を踏み入れた達成感を噛み締める傍らで、先頭を進んでいたウィズ=ハーヴェイが言う。10代半ばの外見をした彼は、後方から無表情で歩いて来る黒ずくめの少年に声を投げた。
 漆黒のローブに、漆黒のブーツ。腰まで伸ばされた銀の髪に、赤い瞳。外見年齢はウィズよりも更に下回り、やはり若い。そして、とても目付きが悪い。
 黒ずくめの少年ことアシュタル=ウォーロックは、長閑な町並みを興味があるのかないのか良く分からない双眸で眺めるのみで、ウィズの言葉には反応しない。
「まずは宿、次に仕事探しだな!」
 だがウィズは全く意に介さず1人で張り切ると、意気揚々と歩みを進めて行く。それはウィズ達にとっては毎度の光景で、もう気に掛けるに値しないものだった。
 とにかく喋って動き回るウィズと、とにかく喋らずマイペースに動くアシュタル。2人はかねてから、実に対照的だった。
「あっ、これ着けとかねーとな!」
 ウィズがジャケットの胸ポケットから取り出した金のチョーカーは、単なるアクセサリーなどではなく『仕事』をする上で、必要不可欠と言える大切な道具だ。
 ふとアシュタルの方を見ると、彼は既に装着済みで準備は整えている様だった。どうやら、野暮な心配だったらしい。
「そういや、アシュタル。疲れてねーか? 暫く、歩きっ放しだったからな」
「疲れた」
 ここに来てようやく口を開いたアシュタルではあったものの、その台詞は酷く端的で微塵の抑揚もない。
「そっか。なら宿の場所、適当に聞いて回るか。出来るだけ、近くにありゃ良いんだけどなー。朝飯付きのとこ……ん?」
 ウィズが言い終えるより先に、アシュタルは相変わらずの無言と無表情で緩慢にとある方角を指し示した。
 前方に窺える噴水広場を丸く囲む様にして建ち並んだ、住宅やショップ。
 お洒落な装飾が施された雑貨屋と長蛇の列が出来上がったレストランに隣接する、個人経営と思わしき小さな宿がウィズの眼中に現れたのは間もなくの事だった。
「おー! でかしたぞ、アシュタル!」
 アシュタルに大袈裟な喝采を送りながら、ウィズは自らの背丈すら超える長柄斧を片手に無駄な勢いを伴って駆け出した。
 癖だらけの茶髪が、向かい風になびく。ウィズの緑の瞳がひたむきに捉えるのは、ただ1つ。今し方アシュタルが発見したばかりの、新たな目的地だ。

 * *

 宿の扉を嬉々として押し開けたウィズを待っていたのは、最早お決まりとなった取るに足らない光景だった。
 カウンターに佇む宿娘と思わしき若い女性が、入って来たウィズの姿を認めると同時に面持ちを一変させたのだ。
 繕っていた営業スマイルを一瞬の間に消失させた女性の顔が見る見る内に驚きと懐疑に彩られたのを、ウィズは把握した。
 いつもの事だ。ウィズには、この女性の内情が手に取る様に分かった。想定していなかったのは女性が銀のチョーカーを身に着けていた、その1点に限られた。
「貴方……『金』なの?」
 客への社交辞令すらも意識から抜け落ちてしまった様に、女性は戸惑い気味にウィズにこう尋ねた。宿の扉が再び開き、普通に歩いて来たらしいアシュタルが遅れてやって来たのはそんな時だった。
「……」
 アシュタルは何も言わないが、状況には直ぐに理解が及んだらしい。ウィズに、解説を求める類の事はしなかった。
 ウィズは女性に向き直ると、答えた。
「まあ、見た目は確かに餓鬼だけどよ。ちゃんと『金』だぞ。オレら」
 外見を要因に疑われるのは、慣れている。故にもう不快になる理由などなく、ウィズは常日頃と同様の心境で説明した。
「そう……貴方達が……」
 女性は、独り言の様に呟いた後――どういう訳か、僅かに目を伏せて沈黙した。今度は、ウィズが戸惑う番だった。
「……あのー、もしもーし?」
「! あ、ごめんなさい」
 ウィズに控え目に声を掛けられた女性が、はっと我に返る。そして、言う。
「実は……貴方達が『金』なら、お願いしたい事があるの」
「お、仕事の依頼か?」
 上目遣いの女性に、ウィズは気前よく良く応じた。宿と仕事が同時に見付かるとは、今日は運が良い。
「ええ。気は引けるけれど……」
「気にすんなって! 言っただろ? オレらは、ちゃんと『金』だって」
 危険が付き纏う仕事を、子供に任せる事に抵抗を持つ大人は多い。女性が罪悪感を抱くのも、無理はなかった。
「……有難う」
 女性は改めてウィズ達を真っ直ぐに見据え、真摯な振る舞いで2人を促した。
「わたしは、マリエッタ=アルヴァレス。詳しい話がしたいから、付いて来て」


‐前編 終‐


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あきゅろす。
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