第1話 反逆者編より‐請負人‐
【後編】


 仕事の方針は、決定した。後は請負人として、粛々と実行に移すのみ。
 今回は、依頼の内容が内容だ。早急に動く必要があった。たもたしていれば、最悪の事態を招く恐れさえある。
「――待ってくれ!」
 ソラ達が大股に酒場を立ち去った矢先、彼らを呼び止める声が上がった。
 聞いて間もない、男の声。振り返ると、そこには案の定クライブの姿があった。
 ソラ達を追い掛けて酒場から飛び出して来たクライブの表情を見て、ソラは直ぐさま彼の心中と要件を汲み取った。これは恐らく、シエルも同様だろう。
 請負人を始めて長いソラ達は、今まで老若男女を問わず様々な依頼人(クライアント)と関わってきた。故に、現状のクライブの胸の内は手に取る様に分かった。
 クライブはソラの予測と寸分違わない台詞を、直後に吐き出した。
「俺も、連れて行ってくれないか」
「危ないよ」
 冷ややかにすら感じられる、余りに落ち着いたシエルの声色。彼はクライブの身を案じているというよりも、ただ事実を述べたに過ぎない事をソラは知っている。
 しかし、クライブは諦めなかった。
「こうなったのは全部、俺のせいだ。俺がちゃんと、ネスティと向き合ってやらなかったから……。ネスティの言い分に、聞き耳を持たなかったからこうなったんだ」
 クライブは、真摯な面持ちで続ける。
「せめて、道案内だけでもさせて欲しい。絶対に、足手纏いにはならない。自分の身は、自分で守る。だから、頼む」
「クライブさん……」
 ソラとしては、複雑な所だった。クライブの想いは充分に理解に相当するものだが、今し方のシエルの一言が紛れもない真実である事も重々承知している為だ。
 シエルの表情に変化らしい変化は見受けられず、彼が何を考えているのかは想像の域を出ない。クライブと真っ直ぐに向かい合ったまま、彼は暫し黙する。
「頼む」
「……保証はしない。それでも構わないなら、好きにすれば?」
 クライブの熱意と誠意を真正面から受け止めていたシエルはやがて、沈黙の末に小さな溜息を交えつつそう応じた。

 * *

 請負人とは、金銭と引き換えに依頼人の望みを叶える者達の総称である。
 その殆どが旅人という立場の人間で構成されている理由から『歩くなんでも屋』と言い表される事も珍しくない。
 キャロ=エマーソンも、そんな請負人の1人だった。常時身に着けている銀のチョーカーが、紛れもない証だ。
 心地よい温もりに満ち溢れた樹海の中で、キャロは大型の弓を片手に前進する同い年の少年の背中を見据える。彼こそが今回の依頼人、ネスティだ。
 依頼の内容は、ネスティが仕留めた獲物を町まで持ち運ぶ手伝いをする事。
 少し骨の折れる作業だと感じはしたものの、キャロは気にしなかった。こんな非力な自分でも、誰かの役に立てるという現実に悪い気はしなかったからだ。
「もうちょっと」
 ネスティが、相変わらずぶっきらぼうな声を背中越しに投げ掛けてくる。
 キャロはネスティの後に続きながら頷くと、彼の目指す先をちらりと覗き見た。
 ネスティが狩りの拠点にすると言っていた件の洞窟は、既に目前まで迫っていた。洞窟の周辺だけが、明らかに人工的に草が刈られているのが印象的だった。
「――着いた」
 ネスティの言葉と同時に、両者の足が止まる。初めて訪れる事となったこの洞窟の外観に、キャロは僅かに驚いた。
 洞窟はキャロの想定を容易く上回る面積と、首を上方に傾けなければ頂点が窺えないほどの高度を併せ持っていて、狩りの拠点としても遊び場としても盛んに利用されている要因を如実に物語っていた。
「狩って来るから、ここで待ってて」
「あ、うん。分かった。待ってるね」
 キャロはネスティに素直に従い、彼が再度こちらに向けた背中を見送った。
 ネスティが一時的に姿を消した後、キャロは自分が必要となるまでの空き時間を洞窟の観察で埋める事に決めた。
 広い。高い。今日までの旅で目にしてきた、どんな洞窟よりも。凄い。内部は、どうなっているのだろうか。気になった。
 ささやかな、好奇心はあった。けれども、キャロはそれをぐっと飲み込んだ。
 ネスティがいつ狩りを終えて戻って来るのか、キャロにはまるで分からないのだ。呑気に内部の散策などしていては、彼に迷惑を掛けてしまうかも知れない。
 劈く様な少年の尾を引く悲鳴が辺りに木霊したのは、キャロがそんな取るに足らない考え事をしていた時だった。
 キャロの取るに足らない思考は瞬く間に断ち切られ、完全に霧散した。
 硬直した全身が一斉に鳥肌を立て、胸の鼓動が爆発的に高鳴ってゆく。血の気が引いた。空色の双眸を、見開いた。
 キャロは、知っている。先の悲鳴が、誰のものなのかを。悲鳴の主は――。
「ネスティ君!」
 我に返ったキャロは叫び、悲鳴の飛んで来た方角へと無我夢中で駆け出した。


‐後編 終‐


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