第1話 反逆者編より‐請負人‐
【前編】


「俺は、クライブ=シャムロック。一応、狩人をやってる……」
 男は後に、力なくそう名乗った。
 男ことクライブに立ち話は悪いのでと案内されたのは、町の入口から程近い小洒落た宿の1階に設けられた酒場だった。
 なんとしても野宿を逃れたかったシエルにとって、この場所は好都合と言えた。彼の不機嫌が幾らか和らいだ事により、隣の席に着いたソラがほっと胸を撫で下ろしている様子が横目に窺えた。
「で、息子さんがどうかしたの?」
「あ、ああ……それなんだが」
「うん」
 シエルは適当に選んだ茶をすすりながら、クライブの話に耳を傾ける。
「……俺のせいなんだ」
「? どういう事ですか?」
 地を這う様な低く弱々しいクライブの声音に、ソラが小首を傾げる。
「実は、さっき――」
 クライブは俯き気味に自らの記憶を紐解きながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

 * *

 ネスティ=シャムロックは、樹海を歩いていた。昔から遊びの場や修行の場として世話になっている、温かい樹海だ。
 町に隣接するその広大な樹海特有の温もりはとても居心地が良く、ネスティの心を軽やかにする。辛い時や苦しい時、癒やしを求めてここを訪れる事さえあった。
 しかし、今は違った。現状のネスティの内情は、酷く複雑なものだった。
 腹立たしさ。悔しさ。罪悪感。これら全てが、ネスティの表情を陰らせていた。足取りを、重くしていた。
「ネスティ君、大丈夫?」
「!」
 声を掛けられ、はっと我に返る。
 ネスティは自分の直ぐ後方に、自分が『雇った』少女がいる事を思い出した。
 慌ててそちらを振り向くと、如何にも心配で仕方がないといった様子でこちらを見詰める少女と視線が合った。
 吸い寄せられてしまいそうな美しい空色の瞳が、真っ直ぐにネスティを捉えている。癖のある栗色の髪と青いリボンを吹き抜ける弱風に揺らしつつ、少女は言う。
「顔色、悪いよ。無理はしないでね?」
「……分かってる」
 ぶっきらぼうにそう応じはするも、ネスティには引き返すつもりは更々なかった。引き下がる訳には、いかなかった。
 ネスティは、狩人だ。もう14歳にもなった、一人前の狩人なのだ。なのに。
 父は、決してネスティの実力を認めようとはしなかった。子供のお前には、まだ早いと。狩りに赴く際には、必ず大人と一緒に動く様にと。未だに、命じてくる。
 うんざりだった。だからネスティは今日、初めて父に反発した。
 ベテランの狩人である父の事は、尊敬している。ただ、こうやってネスティを尚も子供扱いし続ける点に関してだけは常日頃から密かに不満を燻らせていた。
 そして、先刻。そんなネスティの不満は、些細な切っ掛けにより爆発した。この結果として父と口論になって、ネスティは弓を手に衝動的に家を飛び出したのだ。
 1人で狩りを成功させて、自分が一人前だという事実を証明する。父に、意地でも自分の長年の修行の成果を認めさせる。
 少女を雇った動機は、狩った獲物を町まで持ち帰るのを手伝って貰う事だ。
 目指すは、樹海の南部に位置する洞窟――子供達は秘密基地として、大人達は狩りの拠点として使用している場所だ。
 絶対に、認めさせてやる。ネスティの決心は、揺るがなかった。

 * *

「ネスティは間違いなく、あの洞窟に向かっている筈だ。ただ……」
「ただ、何?」
 シエルが淡々と先を促すと、クライブはたちまち表情を苦いものへと変えた。
「あいつは、知らないんだ。あの洞窟周辺に、魔物が住み着いている話を」
「えっ、魔物ですか?」
 ミルクを掻き混ぜていた手を止めて、ソラが驚きの声を上げる。
 クライブは、俯いたまま頷く。
「あそこに魔物が住み着いた話は、俺も今日知人に聞いて知ったばかりなんだ。でも、俺が知った時には既にネスティは出掛けていた。間に合わなかった……」
 クライブの肩が、震えを帯びる。
「俺はネスティを助ける為に力を貸して欲しいと、狩り仲間達に頼み込んだんだが……やっぱり皆、怖がって」
「それで、ボク達に依頼を?」
「ああ。そうだ……」
「ふーん。成程ね」
 抑揚のない声色でソラとクライブの会話に割り込んだシエルは、残った茶を一気に飲み干すや否や悠然と立ち上がった。
「要はさっきの樹海に戻って、その洞窟とやらを探せば良いんだよね?」
「! 引き受けて、くれるのか?」
「仕事だから」
 シエルは、どこまでも素っ気ない。
「有難う……」
 クライブは1度顔を上げてシエル達と目を合わせた後、改めて頭を下げた。
「あんたらみたいな子供に、こんな事を頼むのは気が引ける……。けど、今は他に頼れる人間がいないんだ」
「……あのさ」
 微かに眉を寄せて、半ば呆れた様な口振りでシエルはクライブに言い放つ。
「見て分からない? 僕達は『金』だよ。これを付けてる以上、大人も子供も関係ない。覚悟なら、とっくに出来てるよ」
 シエルは自らのチョーカーを指し示して無表情にこう発言すると、虚を突かれた様子のクライブに構わず背を向けた。
「行くよ、ソラ」
「はい!」
 脇に立て掛けてあった長柄槍を掴み、ソラも腰を浮かせる。彼は無言で早々と酒場の出入口へと進むシエルの背後で、クライブに短くも柔和な言葉を送った。
「任せて下さい。クライブさん」
 付き合いの長いシエルには、今のソラの眩い笑顔は想像に難しくない。
 お人好しで、感情を伴った気遣い。自分には、とても真似出来ない芸当だ。


‐前編 終‐


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あきゅろす。
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