第1話 反逆者編より‐小さな旅人‐
 紺碧に澄み渡った大空にその手を伸ばすかの様に高く、広くそびえる立派な樹木で構築された樹海があった。
 温かい場所だった。数多の樹木とその枝葉が陽の光を遮ってはいたが、それにしてもこの樹海の温かさは充分が過ぎた。
 陽の光は薄くとも、疲労した身体を抱擁する穏やかで優しげな温もりは一向に掻き消える気配を見せない。素肌に浸透する程よい熱には、心地の良いものがあった。
 樹木の枝に降り立った小鳥達がさえずり、吹いた微風が草木をなびかせる。人の手が加えられていない、美しい光景だ。
「シエル、もう少しですよ!」
 美しい光景を楽しむ傍らで、先頭を進んでいたソラ=ハーヴェイが言う。10歳前後の外見をした彼は、後方から仏頂面で歩いて来る白ずくめの少年に声を投げた。
 純白のローブに、純白のブーツ。肩に合わせて切り揃えられた金の髪に、青い瞳。外見年齢はソラよりも若干上ではあるものの、酷く若い事に変わりはなかった。
 白ずくめの少年ことシエル=ウォーロックは疲れと不機嫌を隠しもせず、美しい光景をも無視して仏頂面を続けている。
「あのさ、ソラ」
 そんなシエルが、気怠げに口を開く。
「なんですか、シエル?」
「ソラの『もう少し』って、どれぐらい? いい加減、聞き飽きたんだけど」
「シエルが直ぐに立ち止まって、何度も休憩なんてするからですよ。本当なら、とっくに着いてる筈なのに」
「……」
 至極真っ当に言い返されたシエルの顔が、更に不機嫌なものとなった。自分の体力が致命的に不足しているのを自覚しているからこそ、彼には反論の術がないのだ。
 すっかり黙り込んでしまったシエルから視線を離した時、ソラは気付いた。
「シエル!」
「何」
「見えてきましたよ!」
 ソラはシエルの投げ遣りな返しをあっさりと水に流すと、開いた左手を使ってあるものを指し示した。町だ。
 樹海を抜けた先に存在するあの町こそが、2人の今回の目的地だった。

 * *

「無事に着いて、良かったですね」
「……まあね」
 ソラの言葉に対し、シエルは飽くまで素っ気ない。元来の捻くれた性格と、現在の機嫌の悪さが伴った結果だ。
 ソラは自らの背丈すら超える長柄槍を片手に、初めて訪れた町の様子を見渡す。
 これまでの旅で立ち寄った町と、特異がある訳ではない。ただ、狩人らしき人間の姿がやたらと目に留まる気はした。
「ああ、忘れてた」
「え?」
 唐突なシエルの台詞に一瞬はきょとんとしたソラだが、シエルが懐から取り出した物を認識するなり即理解に至った。
 シエルが取り出したのは、黄金色の無地のチョーカー。『仕事』の道具だ。そして、ソラもまた同様の物を所有している。
 世にも面倒臭そうな顔でチョーカーを身に付けるシエルの隣で、ソラは慌ててパーカーのポケットを探った。
「――ほら、さっさと行くよ」
 シエルはソラがチョーカーを付け終えるのを見計らった末にこう促すと、1人つかつかと歩みを再開した。
「ちょ、シエルっ?」
「宿、さっさと探さないと。今夜も野宿なんて、死んでも御免だからね」
 それもまた、今のシエルの不機嫌の一端を担っていた。彼は旅人という身分でありながら、大の野宿嫌いなのだ。
 後ろで結ってあるソラの長い黒髪が、大きく横に流れる。風が強い。
 飛んで来た砂埃が紫の瞳に触れ、地味な痛みが生じた。双眸を擦り、ソラが早足でシエルに追い付こうとした時だった。
「な、なあ……あんたら」
 聞き覚えのない、男の声が掛かった。
「あんたら……もしかして、請負人(コントラクター)なのか?」
「ん? 早速?」
 ソラよりも一足先に立ち止まったシエルが、無愛想な顔を上げる。
 ソラ達を呼び止めたのは弓を携えた狩人と思わしき中年の男で、その表情からは焦燥が色濃く滲み出ているのが見て取れた。彼はほぼ間違いなく、大なり小なり胸に困り事を抱え込んでいる。
 平静をたもてないでいるこの男に、ソラはなんとか落ち着きを提供する意図も兼ねて静かに丁寧に語り掛けた。
「はい、ボク達は請負人です。仕事の依頼でしたら、可能な限りお受けしますよ」
 ソラが言うや否や、男は勢いよく頭を下げ――声を枯らし、ソラ達に懇願した。
「頼む! 息子を……助けてくれ!」


‐終‐


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あきゅろす。
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