第4話 予言者編より‐朱の町‐
【中編】


「た、助けてくれっ!」
 港から引き上げて町中に戻るや否や、多くの町人達が恐怖に染まり切った表情を晒しながら次々とこちらへ向かって駆けて来る姿が目に留まった。
 恐らく、クラウス達4人のチョーカーに敏感に反応したのだろう。町人達は『金』の請負人(コントラクター)であるクラウス達に我先にと縋り付いた。
「皆さん、落ち着いて下さい!」
「なあ、何があったんだ? 一体、何がどうなってんだ? 教えてくれよ!」
 無我夢中で救済を求める言動を繰り返すばかりの町人達に、カインとウィズが口々に声を上げた。
「オトヌ帝国の……魔法部隊が……」
 町人の1人が辛うじてウィズの必死の問い掛けに応じるも、それは余りにも理解に苦しむ内容だった。
「オトヌ帝国の魔法部隊が、この町に火を……!」
「な……っ」
 その応答に絶句したのは、無論カインだけではない。クラウスもアシュタルもウィズもリゼットも、各々の表情で暫しの空白を余儀なくされた。
「……ちょっと待って……真面目に、意味が分からないんだけど。なんの冗談?」
 魔法水晶(ウィザードリークリスタル)を嵌め込んだ小剣を鞘から抜き出す傍らで、クラウスは困惑と動揺の呟きを漏らさずにはいられなかった。
「100歩譲って、プランタン帝国なら分かる……けど、なんでこの国のこんな小さな町に?」
 考えるまでもなく、誰もが思ったであろう疑問。しかし、立ち止まっている猶予などなかった。
「クラウス!」
 大剣を握ったカインが、叫びを上げる。
 カインが厳しい双眸で見据えるのは物陰より現れたオトヌ帝国の魔法部隊の制服を着た2人組で、彼らは今まさにクラウス達や町人達を標的に炎魔法を放とうとしていた。長い杖の先端が、紅蓮の炎を纏う。
 クラウスは眉を寄せ、間髪を容れずに小剣を操って嵐を生み出した。瞬時に巻き起こった暴風が部隊員達が放ち掛けた炎を直撃し、爆発を誘発した。
「ぐあっ!」
 爆発のかっこうの餌食となった部隊員達は大きく吹き飛ばされて転倒し、ぐったりと動かなくなった。
「どうか、我々の傍を離れないで頂きたい!」
 カインの声に、従わない町人はいなかった。
「ほら、リゼットも!」
「あ、はい……!」
 蒼白顔で硬直していたリゼットも、ウィズの台詞で我に返ったらしい。彼女は酷く慌てた動作で足を動かし、走り出したクラウス達の背後に回った。
 町中は進めば進むほど膨大な炎が目に付き、襲ってくる部隊員の数も増してくる。町人達を守りながらの戦闘は、決して楽なものではなかった。
 休みなく放たれる炎魔法の対象は、クラウス達と町人達。そして、町人達が暮らす民家を含む建築物。すなわち、この町のほぼ全てだ。
「くそっ、港は外れかよ!」
 長柄斧を振るうウィズが、舌打ちをする。
「こいつら、どっから来やがったんだ……!」
「……普通に考えれば門から強行突破といった所だが、どちらの門にも請負人は配置されていた筈だ」
 苦々しい面持ちで、カインが言う。
「じゃあ、皆やられたってのかっ?」
「分からん。とにかく、今は――」
「! 先輩!」
 クラウスは、木陰に潜む1人の部隊員の存在に気付いた。同時に、彼の炎魔法の矛先が真っ直ぐにカインへと定められている現状にも。
「くっ!」
 クラウスの警告を受けたカインは一瞬、回避を試みる素振りを見せた。けれど、結果として彼はその場を動かなかった。いや、動けなかったのだ。
 ここで下手にカインが動けば、彼の後方で怯えている町人達に間違いなく炎が接触してしまう。これだけは、避けなければならない。
「カイン!」
 ウィズがカインの身を案じるも、思う様に動けないのは彼も同じだった。彼もまた、自分の後方にいる町人達の盾となる事で手一杯なのだ。
 そんな時だった。冷たい闇色をした光の球体が、カインを狙う部隊員を退けたのは。
 光の主は、アシュタルだった。魔法指輪(ウィッチクラフトリング)が装着された彼の右手が、先程まで部隊員が潜んでいた木陰に定まっている。
「すまん。油断した」
 アシュタルに短い礼と謝罪の意を告げると、カインは即座に体勢を立て直した。ところが――。
 町のあちこちを覆っていた炎が、爆音と共に急激な拡大を遂げた。炎はここに至るまで無事でいた通り道や建築物をも、無慈悲に呑み込もうとしていた。
「あ……あ……!」
 がたがたと震動する、リゼットの声が聞こえた。
 クラウスは、ふとそちらに視線を遣る。リゼットはどういう訳か動かしていた足を完全に停止させ、見開いた瞳である場所を凝視していた。
「リゼットちゃん?」
「ざ、雑貨屋……っ」
 リゼットは、辛うじてそう口にした。そして――彼女は、突如として駆け出した。新たに炎上を始め、おぞましい黒煙を上げ始めた範囲内へと。
「待て、リゼット!」
「ブライアン殿!」
 ウィズとカインの制止を求める叫びは、いずれもリゼットの耳には届かなかった。
「エレノアっ!」
 このリゼットの悲鳴混じりの一言で、クラウス達は全てを悟った。残酷が過ぎる現実を、悟った。
 あの方角に、雑貨屋があるのだ。雑貨屋の中に、エレノアがいるのだ。たった1人で。
 リゼットやエレノアの生命を脅かす、最悪の事態。それが今、起ころうとしている。
「っ、アシュタル! リゼットを頼む!」
 町人達の盾となり、敵を薙ぎ払いながらウィズがアシュタルに懸命に言葉を投げた。
 対するアシュタルの反応は、実に早かった。彼は無表情のまま身を翻すと、特に何を言う事もなく速やかにリゼットの背を追い掛けた。
「……全く、割に合わないなー」
 遠ざかってゆくリゼットとアシュタルの姿を横目に、クラウスは短い溜息を吐き出す。
「でも、仕方ないか」
 アシュタルが離脱した穴埋めも兼ね、課題は山積みだ。割に合わない労働は、まだまだ続く。


‐中編 終‐


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