第4話 予言者編より‐朱の町‐
【前編】


「皆さん!」
 息も切れ切れに港へ駆け付けたリゼットが、そこに自身の雇った4人の請負人(コントラクター)の姿を発見するまでに要した時間はごく僅かなものだった。
 リゼットの掠れた呼び声を、耳で拾ってくれた4人の請負人――アシュタル、ウィズ、カイン、クラウスは彼女の方を振り返るなり各々の挙動を見せた。
「ブライアン殿?」
「リゼット?」
 やや驚いた風体のカインとウィズの台詞が重なり、第一印象から特に変化のないアシュタルとクラウスは各自無言でリゼットに視線を寄越していた。
「どうしたの? 多分、ここ危ないよ?」
 リゼットが自分達の所に到達するのを待った後、クラウスが首を傾けながら彼女に問うた。
「……今夜の作戦、さっき近所の人に聞きました。危ないのは、分かってるつもりです。でも、あたしもこの町を見守りたいんです!」
 リゼットは、懸命に訴えた。
「お願いします! あたしも皆さんの依頼人(クライアント)として、ここにいさせて下さい!」
「ブライアン殿、お気持ちは分かりますが……」
 案の定カインが真っ先に渋り、言葉を濁す。しかし、リゼットは引かなかった。
「お願いします!」
 リゼットは深く一礼し、懇願した。
 長らく続いた沈黙には想像を絶する重苦しさと強い緊張の他、断られるかも知れない恐怖が常に付き纏った。胸の鼓動は、高鳴る一方だった。
「うーん。まあ、リゼットがそう言うんなら……」
「おい、ハーヴェイ!」
 暫く腕を組んで唸っていたウィズが導き出した結論にも、やはりカインは否定的な意を示した。
「大丈夫だって! いざという時は、オレ達が町ごと守ってやりゃ良いんだからよ!」
「お前は、また簡単に!」
「えっと……ところで、エレノアちゃんは?」
 ウィズとカインの論争を危惧した様子のクラウスが恐らく2人に釘を刺す目的も兼ねてそんな疑問を口にしたので、リゼットは平静を装いつつ答えた。
「エレノアは、雑貨屋にいます」
「雑貨屋?」
「実家です。彼女の」
 答える傍らで、リゼットは思い出す。この港へやって来る直前に交わした、エレノアとの遣り取りを。

 * *

 隣人が提供してくれた情報により今夜の作戦を知ったリゼットは、即座に自分も4人の請負人の元へと向かう意向を固めた。けれど、エレノアは違った。
「わたしは、雑貨屋に戻る」
 エレノアは淡々と宣言すると、身を翻した。
「お父さんとお母さんのお店は、わたしが守るの」
「エレノア……」
「ごめん、リゼット」
 エレノアは謝罪の台詞をリゼットに送ったが、考えを変える気配は見受けられなかった。いや、変える必要などないとリゼットは間もなく考えを改めた。
 エレノアは、両親を失くしている。彼女が言う雑貨屋は、彼女の両親の形見の1つなのだ。
 エレノアは多少の人見知りはあるものの、たった1人で両親の雑貨屋を守ってきた頑張り屋だ。リゼットは、そんな彼女の意思を尊重する事に決めた。
 それに雑貨屋は今夜の作戦で危険視されている港や山林、門のいずれからも離れた町の中心部に位置している。この町の中では、まだ安全な場所の筈だ。
「ううん、良いの。謝らないで、エレノア」
 リゼットは緩やかに頭を振り、微笑んだ。
「じゃあ、あたし行くね」
「……うん」
 エレノアが小さく頷いたのを確認して、リゼットは彼女と別れた。そして、現在に至る。

 * *

「親の為に1人で店を切り盛り、か。すげーな」
「なんていうか、意外な一面があるもんだねー」
 リゼットの話を聞き終えたウィズとクラウスの感想はエレノアを応援しているリゼットにとっても嬉しいもので、心が仄かに温まった気がした。
 一方でカインは未だリゼットが港に留まる件を渋っている様で、複雑な面持ちのままでいた。アシュタルは――相変わらずの無表情で、思考が読めない。
「ブライアン殿、やはりここにいるのは……」
 空気が異常な変質を遂げたのは、カインが言葉を選びつつも再び否定的な台詞を発し掛けた時だった。
 悲鳴にしか聞こえない幾つもの叫びが、リゼット達の聴覚を刺激した。空気が、大きく震えている。
「なっ、何……?」
 思わずそう口にしたリゼットに、答えられる者はいない。彼女同様4人の請負人達も忙しなく周辺を見回し、事態の把握に尽力している。
「! あれは」
 並々ならぬ驚きを孕んだカインの声色に、リゼットやアシュタル達の視線も自然とそちらに集中する。
 町が、燃えていた。
「……え?」
 発生源も定かでない、いつ巻き起こったのかすら分からない巨大な火炎に炙られる小さな町の光景。誰もが言葉を失い、呆然とこれを凝視した。
 何故、どうしてこんな事にと。当たり前の疑問は生じるばかりで尽きる所を知らず、リゼットの正常な思考能力は瞬く間に失われた。全身が冷え切り、一向に止まる気配のない小刻みの震えを帯びた。
「っ、行くぞ!」
 カインがアシュタル達を急き立て、疾駆する。彼の後にウィズが続き、アシュタルが続いた。
「リゼットちゃん、ぼく達から離れないで」
 クラウスが酷く真剣な面持ちでリゼットの手を引き、走る。轟々と燃え続ける、町の中へ。


‐前編 終‐


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