第4話 予言者編より‐禍の町‐
【後編】


「うわー、すげーな!」
 視界を埋め尽くす、色とりどりの花。
 リゼットに案内されたそこには、特に花の知識を持たないウィズでも知っている物もあれば名前どころか見た事すらない物まで豊富に取り揃っていた。
 部屋いっぱいにびっしりと広がる無数の花を眺め続けるウィズに、早速カインからの説教が飛ぶ。
「ハーヴェイ、目的を忘れるなよ」
「分かってるって! 仕事だろ!」
 ウィズが緊張感の欠片もない笑みを向けると、カインはうんざりした様な面持ちで溜息を吐いた。
 リゼットが両親と共に経営しているというこの花屋には今、5人の若者が佇んでいる。
 ウィズ、アシュタル、カイン、クラウス。そして、依頼人(クライアント)のリゼット。和やかな花の香りに覆われたここで、ウィズ達は彼女の指示を待つ。
 リゼットは、1人でも多くの『金』の請負人を必要としている旨をウィズ達4人に伝えてきた。
 故に、ウィズ達は今回も成り行きで協力体制を取る運びとなった。最初は渋っていたカインも、依頼人の頼みならやむを得ないと納得の意を示した。
「2階に、応接室として使ってる部屋があります。詳しいお話は、そちらで……」
「了解した」
「はいはーい」
 リゼットが控え目に言い、温度差が浮き彫りになったカインとクラウスの返事が重なる。
「オレらも行くぞ、アシュタル!」
 応答がないのは、毎度の事なので気にしない。
 ウィズは後方から付いて来るアシュタルの靴音を耳で確認しながら、リゼットやカイン達を追って2階へと繋がる階段に足を掛けた。

 * *

 応接室代わりに使用されているという件の小部屋の中で、用意された椅子に腰を落ち着けて待機していたウィズ達の前に再び現れたリゼットの手には、トレーに載った2人分の茶菓子があった。
「お待たせしました」
 こう言って室内に戻って来たリゼットの背後に、別の人影があるのをウィズ達は見逃さなかった。 
 リゼットの後方で、同じく2人分の茶菓子の載ったトレーを手にした10代半ばほどと思わしき少女。彼女はどこかぎこちない面持ちで、ウィズ達を品定めするかの様に忙しなく眼球を動かしている。
「失礼ですが、彼女は?」
「従姉妹の、エレノア=ブライアンです」
 カインが尋ね、リゼットが答える。
 リゼットとエレノアはテーブルにウィズ達の為の茶菓子を並べ終えると、4人の向かいの席に着いた。エレノアの方は、尚も黙り込んだままだ。
「で、さっきの『町を救う』って、どういう意味? 見た限り、町に異常はなさそうだったけど」
 温かいお茶の入ったティーカップを片手に、まずはクラウスが話を切り出した。
「ああ、至って普通の町だったよな!」
 豪快に菓子を貪りつつ、ウィズも同意する。
「実は……」
 リゼットはいったん言葉を止め、隠せない不安が滲み出た表情でエレノアと目を合わせる。しかし、エレノアはただ静かに頷くのみだった。
「ブライアン殿?」
「! 済みません。えっと……」
 カインの声掛けに慌てたリゼットは、短い思案の間を置いた後にゆっくりと重い口を開いた。
「この町には、有名な予言者がいるんです」
「……予言者?」
 カインが眉を寄せ、訝しむ。
「はい。大陸内で起こる災厄を、予言する方です」
 リゼットが、説明を始める。
「彼の予言は、1度も外れた事がありません。小さなものから大きなものまで、彼が予言した災厄は必ず起こります。あのオトヌ帝国の皇帝モールズワース4世の死も、彼は予言してました」
「なんか、胡散臭い話ですねー」
 そんなストレートなクラウスの感想にも、リゼットは決して態度を変えなかった。
「そう思うのも、無理はないと思います。あたし達も、最初は信じてませんでした」
 リゼットは真剣な風体で、続ける。
「でも、あたし達の不信感は……大切な友達が彼の予言した通りの死を遂げた時、粉々に砕けました。友達の死因も場所も時間も、何もかもが彼の予言と一致してたんです。それ以来、凄く怖くなって」
「そりゃ、マジでおっかねーな……」
 流石に菓子を頬張る手を止めたウィズが、呟く。
「その予言者とかいう奴、町のどこにいるんだ?」
「ごめんなさい。分かりません。彼は、本当に神出鬼没で……名前も住所も、誰も知らないんです」
 ウィズが問い掛けるも、リゼットは申し訳なさそうにゆるゆると頭を振るに留まった。
「その予言者が言う、この町の危機というのは?」
 ここでリゼットの話の先を読んだカインが、腕を組む傍らで単刀直入に尋ねた。
「予言の内容は……明日の夜、町全体を巻き込む恐ろしい災厄が訪れる。これにより、沢山の人々が苦しみ抜いた末に命を落とすというものです」
 告げるリゼットの声音は、小刻みに震えていた。
「あたし達は皆、この町が好きです。離れたくありません。でも、予言の内容が本当なら……」
「――成程」
 カインは予言や予言者の存在を肯定も否定もせず、物思いに耽る様に暫し瞑想した。
「んー、どうします? 先輩」
「やるに決まってんだろ! 町の危機なんだぞ! こんなの、ほっとける訳ねーだろ!」
 クラウスの言葉に反応したのは、カインではなくウィズだった。勢い良く腰を浮かせた彼は立て掛けていた長柄斧を握り締めると、アシュタルを見た。
「アシュタルだって、同意見だよなっ?」
「……」
 が、返って来たのは長い沈黙だった。
 先程から銅像の如く微動だにしないアシュタルに、ウィズは直ぐさま痺れを切らした。
「おーい、アシュタル! 聞いてんのか!」
「……聞いてる」
 完璧と表現して差し支えない無表情に、抑揚の欠落した口調でアシュタルは短く応じた。
「具体的な事が、何も分からない」
「ま、結局はそれに尽きるねー。『町全体を巻き込む災厄』って情報だけじゃ、ちょっとね?」
 アシュタルの台詞に、困り顔で同調するクラウス。彼は椅子の背もたれに背中を預け、溜息を漏らす。
「なんだよ! じゃあ、放置しろってのか?」
「誰も、そこまでは言ってないって。ただ仮に依頼を受けたとして、どう対処するかを――」
 皆が抱える各々の思いが、交錯する。
 微妙な空気の中、話し合いは続く。


‐後編 終‐


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