第3話 逃亡者編より‐決行‐
【後編】


 血相を変えて息を切らしながら駆け戻って来るキャロの姿を目にしたソラは即座に大方の事情を汲むと、後方で凍った様に動けなくなっているワイズとアンジェラに向かって声高に言った。
「大丈夫です! 落ち着いて下さい!」
 ソラはすっと双眸を細め、いつ何が起こっても直ぐに対処が出来る様にと長柄槍を構えて佇んだ。
「キャロさん。どうかしましたか?」
 キャロがこちらに到達するのを待った後、ソラは努めて淡々と彼女に問い掛けをした。
「しょ、商人の格好をした人達が……」
 取り乱したキャロが辛うじて発した言葉に、過敏に反応したのはアンジェラだった。
「そんな! まさか、こっちの動きが……?」
「知られていた、というのか?」
 ワイズの顔にも、明確な焦りの色が滲む。
「でも……それだけじゃないの」
 キャロは必死の表情で、続けて告げた。
「騎士団が……オトヌ帝国の騎士団の制服を着た人達も、一緒にいて……っ」
 キャロのこの報告は、ソラだけでなくワイズ達にとっても不可解なものでしかなかったらしい。見れば彼らも全く身に覚えがないとばかりに揃って頭を振り、困惑も露わに立ち尽くしていた。
「詳しい事はまだ分かりませんが、今はとにかく移動しましょう。気付かれる前に――」
「残念だけど、時間切れみたいだよ」
 ソラの台詞に割り込んだのは、シエルだ。
 いつの間にか背もたれにしていた木を離れ、ソラ達の付近まで戻っていたシエルはそのまま悠然とソラの脇を通過すると、魔法指輪(ウィッチクラフトリング)を装着した右手を前方にかざした。刹那。
 淡い金色をした広範囲に及ぶ結界が5人を覆い、微々たる遅れを取って一斉に飛んで来た幾つもの銃弾とボウガンの矢を弾き落とした。
「ちっ」
 弾かれた弾丸と矢が地に散乱する際に生じた鈍い音に紛れて、舌打ちが聞こえた。
 ソラを始め、皆が一様にそちらを見る。
 そこにいたのは、商人の身なりをした3人の若い男達だった。そして、その背後には――。
「……騎士団」
「みたいだね」
 眉根を寄せて呟くソラに対し、シエルが結界を解除する傍らで無表情に同意を示す。
 商人の姿をした男達と、彼らの背後に並ぶオトヌ帝国の騎士団員とおぼしき者達。現れた面々は、先のキャロの報告内容と完全に一致していた。
「久し振りだな。ワイズ=エリオット」
 男の1人が、悪意に満ちた笑みを湛えて言う。
「……これは一体、どういう事だ」
「オレ達も、お前と同じさ。雇ったんだよ」
 男のワイズへの平然とした返答に、ソラ達は我が耳を疑った。有り得ない。ある筈がなかった。
「オトヌ帝国の騎士団を、雇ったですって……?」
 呆然とするアンジェラを、男は嘲笑った。
「こいつらはもう、オトヌ帝国とはなんの関係もない。皇帝を殺し、国家に背いた連中だからな」
「な……っ」
 ソラ達は、息を呑んだ。
 未だ不明とされていたモールズワース4世を殺害した張本人達が今、自分達の目の前に佇んでいる。それは、余りに信じ難い現実だった。
「さて、お喋りは終わりだ」
 男は一方的に対話を打ち切るなり、右手を上げて『合図』を出した。瞬間、残る商人と10をも超える騎士団員達の携えた各々の武器の先端が真っ直ぐにソラ達の方へと定められた。
 剣、槍、銃、弓。多種多様の凶器に狙われる最中、ソラは真摯な面持ちでシエルに言う。
「シエル。3人を、お願いします」
「まあ、善処するよ」
 シエルのふてぶてしい態度は相変わらずではあったものの、ソラは気に留めない。必要もない。
 勢い良く地を蹴り疾駆したソラは、休みなく飛んで来る弾丸や矢を長柄槍を駆使して慣れた動作で振り払いながら『敵』の懐を目指す。
 といっても、この程度の相手ならば懐に入り込むなどソラには造作もない事だった。
 ソラはなんの骨折りもなく敵の目前まで迫るや否や長柄槍を巧みに操り、瞬く間に追い詰められ動揺する彼らを次々と薙ぎ払っていく。辛うじてソラの手から逃れた少数人の騎士団員達も、シエルが魔法指輪を通して放った光線に倒れていった。
「……呆気ないね。馬鹿みたい」
 全ての敵が力なく倒れ伏した後、早速シエルが盛大な溜息混じりに毒を吐き捨てる。
「凄い……」
 外見は子供でしかないソラやシエルの並外れた能力を目の当たりにしたアンジェラが、感嘆する。
「ソラ君、怪我はない?」
「はい。なんともないですよ」
 キャロの問いに、ソラは気さくに答えた。
「本当に、助かったよ。有難う。君達がいなければ、一体どうなっていたか……」
「別に。仕事だし」
 ワイズの丁寧な礼にも、シエルは素っ気ない。流石に見兼ねたソラは、飽きれ顔で口を挟んだ。
「シエル。他にも、言い方があるでしょう」
「言い方って言われてもね。僕は――」
 シエルの言葉が不意に、不自然に途切れた。
 大きく瞼を開いたシエルは、ソラ達ではない『何か』を凝視している。そこにある『何か』を。
「……シエル?」
「ソラ!」
 いつになく慌てた、シエルの声音を聞いた。
 ソラは、顔を強張らせたシエルがじっと凝視する先を――自分の背後を、反射的に振り返った。
 騎士団の制服を纏った、長髪の男が立っていた。
 長髪の男の手中には、2本の太刀。その太刀は共に、明確にソラの頸部に牙を剥いていた。
「っ!」
2本の太刀がソラの小さな身体をいとも容易く吹き飛ばしたのは、彼が咄嗟に長柄槍を用いての防御体勢を取ったのとほぼ同時だった。
 吹き飛ばされたソラの身体は数メートル宙を舞った末に古木の幹に強かに打ち付けられ、止まった。
「うぐっ……!」
 打ち付けた小さな身体が、悲鳴を上げる。激しい苦痛が脳を駆け巡り、ソラを酷く苛んだ。
「ソラ君っ?」
 為す術なく地に崩れ落ちたソラの耳に、キャロやワイズ達の叫びが微かに届く。

「全く。目に余るな」

 直後に、聞き覚えのない声。それは、今し方ソラを襲った長髪の男のものに他ならなかった。
「だ、団長……」
 ソラやシエルによって倒された騎士団員達の1人が、弱々しくそんな単語を口にした。


‐後編 終‐


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