第3話 逃亡者編より‐逃走計画‐
【後編】


 自分達を、町の外へ逃がして欲しい。
 その依頼は多かれ少なかれ訝しみを覚えざるを得ない内容ではあったものの、シエルの挙動は変わらない。彼は可能性として真っ先に浮上した事柄を、落ち着き払った静かな声音で口にした。
「誰かに、狙われてるとか?」
「……ああ、そうだ」
 ワイズは1拍の後に、苦々しい表情で頷いた。
「狙われてるって……どうしてですか?」
 キャロが当然の疑問を投げ掛けると、ワイズは隣のアンジェラ同様にぐっと言葉を詰まらせた。この反応を受け、シエルはある確信に至る。
 重い沈黙を破ったのは、ソラだった。
「あの、ごめんなさい。失礼かも知れませんが……ワイズさん、もしかして――」
「悪事でも、働いた?」
「シ、シエル!」
 いつもながらのシエルのストレート過ぎる物言いに、ソラが焦燥と非難の視線を向けてくる。しかし、シエルはこれを無視した。
「悪い事をして追われてるから、町の外に逃げ出したい。そういう依頼?」
「そんな言い方しないで!」
 長らく双眸を伏せて黙り込んでいたアンジェラが、たちまち悲痛の面持ちで抗議の声を上げた。
 場の空気が一変し、冷えた緊張が張り詰める。
「良いんだ、アンジェラ。事実だからね」
 ゆるゆると頭を振り、アンジェラを嗜めるワイズ。彼は改めてシエル達に向き直ると、自分の義務を果たすべくゆっくりと説明を施し始めた。
「子供の頃に家族を失った俺は、生きる為の金欲しさに闇商人として働いていた」
「……」
「短期間だったとはいえ、罪は罪だ」
 無言のシエルを前に、ワイズは己の罪を認めた。
「でも、ワイズはもう罰を受けたのよ!」
 間髪容れず、アンジェラが再び声を上げる。
「ワイズは、ちゃんと捕まって……罪を償って、ここに戻って来たのよ! 今は、真っ当な商人として働いてる! なのに、あいつらは……!」
 アンジェラは唇を噛み、肩を震わせた。
「……ワイズが闇商売から身を引いた後も、あいつらは執拗にワイズを狙ってるわ。裏切り者としてね」
「成程」
 それだけ呟いて、シエルはテーブルの上に置かれた硝子ボウルの中からクッキーを1枚摘まんだ。
「俺の居場所が奴らに知られるのも、最早時間の問題だ。出来る事なら、急ぎたい」
 ワイズは真っ直ぐに、シエル達を見据える。
「勿論、無理に依頼を受けてくれとは言わない。元を正せば、非は全て俺にある」
 ワイズとアンジェラ、ソラとキャロの視線がシエルに集う。皆が各々の眼差しで、彼の反応を待つ。
「シエル」
「シエル君」
「……」
 シエルは4人分の視線を一身に受けながらも、平然とクッキーを齧っている。やる気があるのかないのか、きっと傍目には分からないだろう。
「――良いよ。受けても」
 やがて、シエルは抑揚のない口調で余りにもあっさりとそう告げた。室内の空気が、また一変する。
「引き受けて……くれるの?」
 現在までの遣り取りの末に期待は出来ないと踏んでいたらしいアンジェラが、固唾を呑んで問う。
「言った通りだよ」
 シエルは、淡白に答えた。
「もう、罪は償ったんだよね?」
「え、ええ。それは、本当よ」
「僕はただ、悪い事をしておいて何の償いもせずのうのうと生きてる様な厚顔無恥な人間の手助けをするのが嫌だっただけだから」
 そして、シエルはソラとキャロに聞く。
「で、君達はどうする?」
「やります。ボクも、シエルと同じ考えです」
「うん。わたしも」
 ソラとキャロも揃って頷き、余裕を失っていたワイズ達の表情が僅かに和らいだ。
「3人とも、有難う。恩に着るよ」
「あ、ワイズさん。アンジェラさん」
「ん? なんだい?」
「さっきは、シエルが済みませんでした」
「……」
 ワイズ達は返答に困った様に苦笑し、シエルは瞬く間に顰めっ面を曝け出した。
「ところで、決行の日時は……?」
 控え目に尋ねたキャロには、ようやく平静を取り戻したアンジェラが応じた。
「決行は、明日の早朝よ」
「え?」
 顔色を変えたのは、キャロではなくシエルだ。
「そ、早朝?」
「? そうだけど、何か問題――」
「ああ、いえいえ! 大丈夫です!」
 ソラが、会話に割って入る。
「シエルはボクが責任を取って叩き起こしますから、どうかご安心下さい」
 胸を張って満面の笑みを咲かせるソラを、シエルは恨めしい気持ちで睨め付けた。


‐後編 終‐


【前*】【次#】

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!