第3話 逃亡者編より‐逃走計画‐
【前編】


「済みません。もしかして、何かお困りですか?」
「!」
 シエルやキャロと共に女性の元へと歩み寄ったソラが3人を代表して声を掛けると、女性は弾かれた様に顔を上げてソラ達をまじまじと見詰め返した。
 掲げていたスケッチブックを鈍い動作で両膝に下ろした女性の表情は、明白な戸惑いの色を孕んでいる。といっても、この反応は予想の範疇だ。
「貴方達は……請負人?」
「はい」
 はっきりと、大きく頷くソラ。少しでも安心して貰う為に、少しでも信用して貰う為にと彼は可能な限りの柔和な笑顔を女性に差し出す。
「ボク達で良ければ、力になりますよ」
「本当に? あ、だけど……」
「言っとくけど、外見は気にしなくて良いよ」
 女性の内情と思わしきものを先読みしたシエルが、無愛想に素っ気なく釘を刺す。
 こちらが子供だという理由で依頼を躊躇される例は、定期的にあるので慣れている。目の前の女性もそれと少なからず同じ心境である事は、長く請負人をやってきたソラ達には直ぐに察しが付いた。
「こっちも、仕事を選んでる余裕なんてないしね」
 肩を竦めつつ、シエルは言う。
 ソラ達はその外見故に、大人の請負人と比べて依頼人(クライアント)が付く機会はそう多くない。加えて今は、所持金も些か心許ない状況下にいる。受けられる依頼は受けておきたいのも、本音の1つだった。
「わたしも、お手伝いしたいです」
 キャロも一歩、進み出る。
「『銀』のわたしにも出来る事があるのなら、ご協力させてくれませんか?」
「……ええ、お願いするわ」
 女性の眼差しから困惑が払拭され、入れ違いに力強い意志の光が甦る。速やかにベンチから腰を浮かした彼女は早速、ソラ達に告げた。
「アンジェラ=レイノルズよ。詳しい内容は、ここでは話せないの。私と一緒に、来てくれる?」
 女性ことアンジェラは声を潜めてこう言うと、ソラ達をある場所へと案内した。

 * *

 商店街より、徒歩にして10分足らず。アンジェラに案内された先は、都会と見まごうほどの立派な高級住宅地内に建築された1建の煉瓦造りの民家だった。
「わあ……」
 自分には全く縁のなかった豪勢な一軒家を前に、ソラは思わず感嘆の息を漏らした。
「入って」
 玄関に続くドアに手を掛けながら、アンジェラは建物の外観に見とれるソラとキャロを淡々と促す。
「お邪魔します」
 ソラとキャロは、大股に突き進んで行くアンジェラの背中を揃って追った。
 玄関から廊下へ、廊下から応接室へ。屋内の様子も外観と違わず立派なもので、高級感に満ちた家具やインテリアや骨董品の数々が目を惹き付ける。
「『彼』を連れて来るから、待ってて頂戴」
 やがて通された応接室の木椅子に座ったソラとキャロに茶菓子を出す傍らで、アンジェラは言った。
「『彼』?」
「そうよ。直ぐ戻るわ」
 アンジェラはキャロに短く応答するなり、早々と小走りに応接室を立ち去ってしまった。ソラはそこに、現状の彼女の明確な焦燥を垣間見た気がした。
 アンジェラは一見冷静ではあるが、飽くまでそれは取り繕っているものなのだろうとソラは密かに推測していた。彼女は先程からソラ達を遠回しに急かす様な言動を繰り返しており、余裕が感じられない。
 ソラが1人そんな事を考えていた時、玄関のドアが外側より2度ノックされた。
「入るよ」
 僅かに遅れて、愛想の欠如した少年の声。
 声の主は内部の反応も待たずしてドアノブを捻り、無遠慮に中へと上がり込む。硬い靴音を響かせ玄関と廊下を通過した彼は、程なくしてこの応接室の半開きの扉の隙間からひょっこりと顔を覗かせた。
「ああ、いたいた」
「シエル君」
 現れたシエルは無言でソラの隣席の木椅子に深く腰を下ろして足を組むと、呑気に欠伸を噛み殺した。
「シエル、宿は取れたんですか?」
「ん、なんとかね」
 シエルは答えた後に、問い返す。
「で、話はどこまで進んだの?」
「いえ、まだこれからです」
「アンジェラさんが、誰か人を連れて来るって」
「へえ」
 ソラとキャロの簡潔な説明にもシエルは大して興味もなさそうな態度で、そのまま無表情に黙った。
 しかし、沈黙が室内を覆ったのは束の間の事。間もなく聞こえて来た2人分の足音に、ソラ達の視線は自然と半開きの扉に引き寄せられた。
「待たせたわね」
 応接室に戻ったアンジェラの脇には、彼女と同年代と思わしき1人の男性が静かに佇んでいた。
 男性の面持ちは暗く陰っていて、何かしらの問題を胸に抱えているのは誰の目にも明らかだった。
 アンジェラは後ろ手に扉を閉じ、男性と並んでソラ達の向かいの席に着くと真っ先に口火を切った。
「彼は、ワイズ=エリオット。私達は、一緒に商人をやっているのだけれど……」
 ここまで喋ったアンジェラの瞳にも、小さな影が差す。どういった要因からか言葉を詰まらせてしまった彼女に代わり、男性ことワイズが話を切り出した。
「今回は、声を掛けてくれて有難う。感謝するよ」
 ワイズは丁重な礼と共に、大袈裟に頭を下げた。
「気にしないで下さい。ボク達は、ただ――」
「仕事に飛び付いただけだから」
「シエルは黙ってて下さい!」
「ソ、ソラ君……落ち着いて……!」
 まるで息が合っていないソラ達の様子にも特別気分を害した素振りはなく、ワイズは続けた。
「ここまで長く待たせてしまった訳だし、単刀直入に用件を言うよ。俺と、アンジェラを……」
 ワイズは酷く真摯に、依頼の内容を告白した。
「俺達を、この町の外へ逃がして欲しいんだ」


‐前編 終‐


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