第3話 逃亡者編より‐不吉‐
 ここネーラ大陸の西部に位置する、エテ共和国。それが、キャロ=エマーソンの生まれ育った地だ。
 争いらしい争いもなく、平和で富に恵まれた美しい国。キャロは、今でもこう認識している。大陸中部に位置する、このセゾン共和国に渡った今でも。
「キャロさん、エテ共和国の方だったんですね」
 キャロの話を受け、そう言ったのはソラ=ハーヴェイ。同じ目的地を目指して一時的に同行している、明るく活発な笑顔が特徴的な少年である。
「うん。凄く、素敵な所だよ」
 ソラの隣を緩慢に歩く傍らで、キャロは応じる。
 大好きな故郷で大好きな両親と沢山の友達に囲まれて、毎日が幸せの連続だった。あの国には決して色褪せる事のない、大切な思い出が詰まっている。

「だから、要らないってば」

 キャロが無意識の回想に浸っていた時、前方から如何にも面倒臭そうな冷めた声が聞こえて来た。
 声の主は、つかつかと先を進んでいたシエル=ウォーロック。ソラの旅仲間であり、彼同様キャロと一時的に行動を共にしている少年だ。
 シエルは白ずくめの背中をこちらに向けたまま立ち止まり、何やら見知らぬ青年と向かい合っている。事情は分からないが、青年の手に紙束らしき物があるのだけはなんとか見て取れた。
「お願いします! どうか、受け取って下さい! 自分、ノルマ達成まで帰れないんです!」
「知らないよ」
「あと2枚で、ノルマ達成なんです!」
「しつこい」
 腕を組んで青年に冷ややかな言葉を浴びせ続けるシエルの声に、明らかな苛立ちが加わる。
「シエル君?」
「シエル、どうかしたんですか?」
 キャロとソラがシエル達の元へと駆け寄ると、2人の存在に気付いた青年がたちまち目を輝かせた。
「号外です! ビッグニュースですよ!」
「え?」
「はい?」
 青年は手にしていた謎の紙をキャロとソラに押し付けた末に、咄嗟の事態に思わず受け取ってしまった彼女達を見て満足げに安堵の溜息を吐き出した。
「有難う御座います! これで、家に帰れます!」
 眩い笑みを咲かせ、颯爽と走り去って行く青年。キャロとソラは首を捻り、互いに顔を見合わせた。
「えっと……」
「なんだったんでしょう……」
「新聞だってさ」
 キャロとソラの呟きに、シエルが心底うんざりした風体で不機嫌も露わに肩を竦めた。
「確か、号外とか言ってましたよね?」
 新聞紙に視線を落としたソラに、キャロも倣った。そして――2人同時に、驚愕の叫びを上げた。
「ええっ?」
 見事に重なった、キャロとソラの叫び。シエルは煩わしそうにしつつも、そんな2人のリアクションには流石に引っ掛かりを覚えたのか尋ねてきた。
「何。ビッグニュースって」
「オトヌ帝国の皇帝、モールズワース4世が暗殺されたみたいなんです!」
「ふーん。……は?」
 1度は右から左に受け流し掛けたシエルのふてぶてしい態度にも、若干の乱れが生じる。
「どこの誰に?」
「いえ、そこはまだ不明みたいです」
 大陸南部の、オトヌ帝国。その皇帝であるモールズワース4世こと、バティスタ=モールズワース。大陸内で知らぬ者は、無に等しいだろう。
「プランタン帝国とは、休戦中の筈だよね?」
 キャロが言い、ソラが頷く。
「はい。国交も、完全に断ってます」
 大陸東部のプランタン帝国とオトヌ帝国の間には、長らく休戦協定が結ばれていると聞く。敵国とはいえど、プランタン帝国が現在に至って唐突にオトヌ帝国に刺客を仕向けるのは些か不自然だ。
「内輪揉めだったりして」
 シエルは素っ気なくそうコメントするや否や、早くも興味を失った様に身を翻した。
 キャロとソラは未だ釈然としない思いを胸に、 そそくさと歩みを再開したシエルの後を追い掛けた。

 * *

「着きましたよ! ロートの町です!」
 町の正門前に、元気溢れるソラの声が木霊する。
 キャロ達3人が目指していたロートの町は閑静な田舎町でありながら、首都へと通じる町でもある為か行き交う人々の姿はそれなりに多く見受けられた。
 正門を通過すると、田舎ならではの活気に満ちた町の様子が次々と視界に入り込んで来る。
「へえ、意外に発展してるんだね」
 少々失礼なシエルの淡々とした感想だが、彼の言わんとする事も分からなくはなかった。
 新鮮な食材や珍しい雑貨、色とりどりの花や衣類が所狭しと並んだ市場。笑顔を振り撒き、自らが手掛けた商品を売り歩く商人達。大陸内外より訪れたとおぼしき、観光客達。単なる田舎町と言い捨てるには、幾らかの違和感が付き纏う町だ。
「道中、魔物に出くわさなかったのは幸運でしたけど……ここまで人が多いと、今晩の宿探しは難航するかも知れませんね」
「あ」
 ソラの台詞に、シエルの顔色が変わる。彼らのこの短い遣り取りで、キャロはふと思い出す。
「シエル君、野宿が嫌いなんだっけ?」
「大嫌い」
 シエルが仏頂面かつぶっきらぼうにそう答えた時、突如としてソラが声を上げた。
「シエル、キャロさん。あれ見て下さい!」
 ソラが指し示した先に、反射的に双眸を向ける。
 まず目に留まったのは、市場から僅かに距離の開いた木陰に設置されたベンチに座る1人の女性。そして、その女性が両手で高く掲げたスケッチブックに太く大きく書かれた赤い文字の羅列――。
「請負人(コントラクター)募集」
「『金』『銀』問わず」
 キャロとシエルが、一緒になってスケッチブックの赤い文字の羅列を読み上げる。
 まだこちらに気付いていないらしい女性は酷く真剣な眼差しで、静かに毅然と待ち続けていた。


‐終‐


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