第2話 探求者編より‐共闘‐
「ブローチ、ブローチ……」
 依頼人(クライアント)であるマリエッタの宝物を探し求め、ウィズはなんとかの一つ覚えの如く全く同一の単語を繰り返しながら公園内を忙しなく歩き回る。
 アシュタル達と手分けしてこの単調な作業を開始してから、どのくらいの時間が経過しただろうか。ウィズの感覚では30分程度のものだが、実際の所は不明だ。
 落ち葉とゴミ以外は何も見当たらない地面を凝視し続けた事により、下方に傾けていた首が徐々に怠くなってきた。
「うーん、こっちにはねーな。おーい、アシュタル! そっちはどうだ?」
 なんの進展もないまま、ウィズは少し離れた場所で無表情に地面に視線を落としているアシュタルに声を投げた。
 アシュタルは数秒の間の後に緩慢にこちらを振り返ると、感情を伴わない著しく冷淡な声音で短く応答した。
「落ちてない」
「そうか。やっぱ、駄目か……」
 応答の内容に、ウィズは肩を落とした。ある程度の覚悟はしていたとはいえ、世の中そう簡単には出来ていないらしい。
 根気強く、地道に探求する他ないか。
 ウィズが改めて、土に覆われた地面を視界いっぱいに収めた時だった。視界の片隅に、ある物が映り込んだ。
「……草むらに入り込んでるって可能性も、なくはねーよな?」
 へし折られた木々の根に被さる様に生い茂る、雑草の群。ウィズはしゃがみ込み、雑草の一部に空いた右手を伸ばした。
 淡い期待を寄せて、ゆっくりと雑草を掻き分ける。――そこで『目』が合った。
 ウィズの何気ない隙だらけの双眸と、飢えた野獣の獰猛極まりない双眸。両者が互いを認識するに充分な空白を挟んだ直後、場の空気が一変した。
「おわっ!」
 ウィズが驚きの余り盛大に腰を抜かしたのと、獰猛な野獣が勢い良く彼の前へと飛び出して来たのは殆ど同時だった。
「魔物か!」
 カインの反応は、非常に早かった。
 カインは咄嗟に左手の長柄斧を駆使して野獣から身を守ったウィズの元まで一気に駆け抜けると、大剣で野獣の頭部を躊躇いも容赦もなく薙ぎ払った。
 野獣の頭部と鮮血が、宙を舞う。けれど、それによって安堵する者などここには誰1人として存在しなかった。
 草むら。折られた木や、設置物の残骸の陰。ウィズ達はありとあらゆる死角から這い出る様にして現れた小型の野獣の大群に、あっという間に取り囲まれていた。
 大型犬に似た数多の白い野獣達はマリエッタに予め聞かされていた魔物の特徴と合致しており、間違いなかった。
 縄張りを荒らされた事への憤怒か、或いは仲間を殺された事への憎悪か。
 魔物達は刃物の様に鋭利な琥珀色の目をこの場にいる全員に定め、一斉に襲い掛かれるだけの準備を既に整えていた。
「マジで多いな……」
 早急に立ち上がったウィズが、ぼそりと呟く傍らで長柄斧を構える。
「はいはーい。かなり危ないから、依頼人2人は下がっててねー」
 たちまち顔を真っ青にして恐れおののいたマリエッタとルシオの脇に平然と佇んで見せたのは、クラウスだ。
 クラウスは魔法水晶(ウィザードリークリスタル)を嵌め込んだ小剣を空高く振りかざすと、相変わらず緊張感のない声を緊張感のない台詞と共に張り上げた。
「飛んでけー!」
 七色に輝く魔法水晶が、嵐を生んだ。
 クラウスが易々と引き起こした広範囲にも及ぶ嵐の魔法は、瞬く間に彼自身とマリエッタ達の周辺にいた魔物を片っ端から豪快に吹き飛ばした。その、豪快に吹き飛ばした先にいるのは――。
「せんぱーい、パス!」
「遊んでいる場合か!」
 事実上クラウスに押し付けられた魔物達を文句を交えつつも律儀に斬り続けるカインを見て、ウィズは密かに胸を撫で下ろす。どうやら、そちらは心配なさそうだ。
「オレらも行くぞ、アシュタル!」
 特にアシュタルの返答を期待する事もなく、ウィズは大きく地を蹴って魔物の大群に真正面から挑んでゆく。一見すれば無謀以外の何者でもないこの行動も、彼にはなんの支障ももたらさない。
「喰らいやがれっ!」
 ウィズが大きく真横に薙いだ長柄斧の刃に巻き込まれた魔物達は、1体の例外もなく断末魔の叫びと共に息絶えた。
 大雑把に振るっている様に見えて、ウィズは常に恐ろしく的確に魔物の急所を狙う。決して外さない、自負もあった。
「アシュタル!」
 振り向きもせず、ウィズはアシュタルに呼び掛ける。それだけで、充分だった。
 辛うじてウィズの刃から免れていた魔物達の頭上に、暗い闇色の閃光がまるで雨の様に無数に降り注いだ。
 生き残った魔物達のほぼ全身に次々と円形の空洞を生み出したこの光は、アシュタルのもの。彼が魔法指輪(ウイッチクラフトリング)を通して放ったこれも、魔物達の息の根を絶つには造作もない。
 ウィズは響き渡る魔物達の絶叫を聞きながら返り血を拭うと、最後の仕上げに取り掛かるべく長柄斧を力強く握った。


‐終‐


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