第2話 探求者編より‐合流‐
「あの依頼人(クライアント)、なかなか戻って来ないですねー」
 小さな宿前で待機を続けるカイン=ベルナールの脇で、旅仲間のクラウス=ギースベルトが退屈そうに欠伸を噛み殺す。
「ただでさえ、この町に着くまでの歩きっ放しで足が棒状態なのに」
「そう言うな、クラウス。依頼人にも、何かと事情があるんだろう」
 190センチを超える大柄なカインが、170センチに届かない小柄なクラウスを真顔で見下ろしつつ淡々と喚起を促す。
「先輩と違って、ぼくはか弱いんですよー。もうちょっと、丁重に扱ってくれたって……あ、噂をすれば」
 いつもの冗談混じりの反論の途中でクラウスの視線が再び宿前へと向いた為、釣られる様にカインもそちらに目を遣った。
 開かれた宿の出入口から姿を現したのは、4人の男女だった。1人は、依頼人のルシオ。1人は、彼が話していた友人と思わしき女性。そして――。
 依頼人達と共にこちらに歩いて来る2人の少年を直視したカインは、流石に驚きと戸惑いを禁じ得なかった。
 黒ずくめの魔法使いと、長柄斧を担いだ武術使い。カイン達と同様に金のチョーカーを身に着けた彼らは共に成人の男性には程遠い外見をしており、カインは拭えぬ不信感から僅かに眉根を寄せた。
 若い『金』の請負人(コントラクター)なら、今までに何度か見てきた。が、ここまでの若者を見るのは初めてだった。
「あらら。あんなに若い『金』がいるなんて、完全に予想外でしたねー」
 クラウスが興味深そうに発した感想も、カインが抱いたものと大差はない。
「……でもまあ、仮にも『金』なんですから、大丈夫でしょう。多分」
 クラウスは、飽くまで楽観的だ。
「2人とも、お待たせ!」
 女性と少年2人を引き連れてやって来たルシオが、無邪気に笑う。
「彼女が友達のマリエッタで、こっちが請負人のアシュタル君とウィズ君」
「よろしくなー!」
 紹介されるや否や、空いた手をぶんぶんと振りながら気さくに声を掛けてきたのはウィズだ。彼のはつらつっぷりは、ルシオにも引けを取らないだろう。
「マリエッタ=アルヴァレスです。この度は依頼を受けて下さり、感謝します」
 無表情に黙したままのアシュタルの隣で、マリエッタと名乗った女性がカイン達に深々と頭を下げる。
「我々の仕事は、依頼人がいてこそ成立するもの。どうか、顔を上げて頂きたい」
「先輩、格好良いー」
「こんな時に、茶化すんじゃない」
 依頼人を前にしても飄々とした態度を崩さないクラウスには、ほとほと呆れる。カインは、小さな溜息を吐き出した。
「早速で悪いんだけど、例の市民公園に案内するから付いて来てくれる?」
「よっしゃ、任せろ!」
「了解した」
「はーい」
 約1名を除く『金』の請負人達が、各々の挙動でルシオの言葉を享受した。

 * *

 ルシオとマリエッタに案内された市民公園の内部は、酷い有り様だった。
 遊具やベンチ、街灯といったありとあらゆる設置物。立派に聳えていたのであろう、数多の常緑樹。それら全てが無慈悲にへし折られ、粉々に砕かれ、最早原型すら留めていない状況下にあった。
 完膚なきまでに破壊された公園の周辺には、厳重な注意書きと共に立ち入りを禁止する旨が綴られた貼り紙が並んでいる。無論、人の気配などない。
「酷いな……」
 カインが、渋い面持ちで呟く。
「これじゃあ、子供が遊ぶどころじゃないですねー。可哀想に」
 口調こそ軽快ではあるものの、クラウスがここで遊んでいた筈の子供達に少なからず同情したのは紛れもない事実だった。
 遊具で元気に遊ぶ子供達と、ベンチで談笑をしつつ彼らを見守る大人達。そんな温かな光景を、密かに思い描いて。
「修行をしていたのは、あそこよ」
 公園の内部に足を踏み入れると同時にマリエッタが指差したのは、遊具で固められたスペースの奥。切り離された様に何もない、酷く殺風景な空間だった。
 如何なる障害物も存在しない、修行やスポーツを楽しむには充分に適した幅広い空間。ここで、ルシオ達は襲われたのだ。
「今んとこ、魔物はいねーっぽいな」
 周囲を見渡し、ウィズが言う。
「ああ。だが、油断は大敵だ。警戒しながら、ブローチを探すとしよう」
 厳格で引き締まったカインの表情は、変わらない。彼は既に鞘から引き抜いた大剣を携えており、抜かりもなかった。
 双眸を光らせるカインに連動したかの様に、他のメンバーも彼に倣った。
 緊張も露わにルシオは片手剣を、マリエッタは杖を力いっぱいに握り締める。ウィズはのほほんと長柄斧を構え、アシュタルは無言で魔法指輪(ウィッチクラフトリング)を右手へと移動させる。
 クラウスは長く愛用している魔法水晶(ウィザードリークリスタル)を嵌め込んだ小剣を速やかに懐から取り出すと、改めて公園の内部を視界に収めた。
 この広大な空間の中から、たった1つのアクセサリーを見付け出す。加えて、魔物の出現も想定しておかなければならない。今回の仕事は、やや骨が折れそうだ。
 クラウスやアシュタル、ウィズ達は皆が散り散りに。カインは『銀』であるルシオとマリエッタの護衛も兼ねて、2人に付き従う形でブローチを探して回る。
「ブローチ、ブローチ、ブローチ……」
 探す傍らでぶつぶつと呟き続けるウィズの声を除外すれば、辺りは至って静かなものだった。どこかで凶悪な魔物が身を潜めているとは、到底信じ難いほどだ。
 その瞬間が、訪れるまでは。


‐終‐


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