第5話 嘘と真より‐不信と確信‐
【後編】


 状況が、まるで飲み込めない。一体、何が起きているのだろうか。
 クルーエル達の前に現れた、ハーフエルフの少年少女。彼らの右手に握られた、セキアの物と同じ短剣(ダガー)。これが何を意味するのか、クルーエルには分からない。
 だがそんなクルーエルにも、唯一分かる事がある。状況が飲み込めていないのも、こうして驚いて言葉を失っているのもクルーエルだけではないという事。
 直ぐ背後で、ヨハネスが息を呑む気配がした。
 普段なら真っ先に銃口を向けて敵を牽制する彼が、今はそれをしていない。きっと、出来ないのだろう。驚き過ぎて。
 また、上記はセキアにも言える事だ。普段通りの彼なら、短剣の切っ先を向けて冷静に情報を吐かせようとする筈。
 ところが短剣はセキアの左手にただ握られているだけで、ぴくりとも動かされる気配がない。
 恐る恐る、セキアの横顔を盗み見る。
 大きく開かれたヘイゼルの瞳は時間が停止したかの如くひたすらにハーフエルフ達を凝視していて、クルーエルの視線には全く気付く様子がない。
「どうしたの? 吃驚して、声も出ない?」
「!」
 挑発する様な少女の台詞により我に返ったセキアとヨハネスが、ここでようやく動き出す。負傷した男性を庇う形で更に前進した2人は、目の前のハーフエルフ達に各々の武器を向けた。
「聞くまでもねえが、葬儀屋の共犯のハーフエルフって事で良いんだよな?」
 低く抑えた声で、ヨハネスが確認する。
 クルーエルはいつでも攻撃が出来る様にと精神を集中させて、腕を押さえつつよろよろと立ち上がった男性も険しい目付きでハーフエルフ達と対峙する。
 結果的に4対2という本来ならこちらに分がある筈の戦況にも関わらず、2人のハーフエルフの態度にはなんの変化も見出せない。余程自分達の実力に自信があるのか、はたまたクルーエル達が極端に見下されているのか。
「うん、良いよ。ま、葬儀屋なんか別にどーでも良いんだけどな」
「……どうでも良い、だと?」
「そ。『祭』をやるとか言ってたから、乗っただけ。仲間でも、なんでもねーよ」
 信じられない事を、悪びれもせずに言って退ける少年。
 本当に、信じられない。こんな動機で、人を虐殺出来るなんて。クルーエルの胸に、怒りを超える悲しみが湧いた。
「てめえら、そんな下らねえ理由でこんな事やってんのか」
「下らないかどうかは、あんたが決める事じゃねーだろ」
 クルーエルの内心を代弁するかの様なヨハネスの台詞にも、少年は揺るがない。自分達のやっている事が、悪い事だとは微塵も認識していないのだろうか。
「典型的な快楽殺人犯みたいだけど、君達の常識は人間の世界でも番人の世界でも通用しない」
 沈黙していたセキアが、ヨハネスに代わり静かながらも強い口調で言う。
「君達みたいな秩序も何も知らないハーフエルフには、番人から相応の罰を受け――」
「はあー? あんた、何言ってんの?」
 セキアの台詞を遮り、少女が嘲笑う。
「ハーフエルフなのは、あんたも同じでしょ? セキア=ブランケンハイム」
 相手が何を言っているのか理解するまでに、ここまで時間を要した事が過去にあっただろうか。
 クルーエルの視線が、反射的にセキアの後ろ姿へと向かう。
 セキアは動かないが、敵に定めた彼の短剣の切っ先が小刻みに震えているのが分かった。黙り込んでしまった彼は今、何を思っているのか。
「けどさー、流石にこの人数はきつくない?」
「だな。んじゃ、1回引くか」
「! おいっ、待ちやがれ!」
 ヨハネスが慌てて制止の声を掛けるが、聞き入れられる筈がない。2人のハーフエルフは聞こえてすらいない様に、ヨハネスを完全に無視した。彼らの余裕が、更なる焦りを呼ぶ。
「待てって、言ってんだろうが!」
 ヨハネスが拳銃の引き金に手を掛けるも、発砲はされなかった。彼がそうする間もなく、驚異的な早さで反応した少年が短剣を振るった為だ。
 少年が生み出した衝撃波が、ヨハネスの手にある拳銃を弾き飛ばす。飛ばされた拳銃はヨハネスの真横の壁へと激突した後に、虚しく地に落ちた。
「ばーか」
 絶句するヨハネスを笑い、少年は再び短剣を振るった。
 目も開けていられないほどの暴風が周辺に吹き荒れて、クルーエル達の動きと視界を封じる。
 暴風が収まった時、そこにはもう少年と少女の姿はなかった。
 あっという間に取り残された、クルーエル達。誰も、何も言わない。言えない。
 不意に背後から聞こえて来た足音に、一同は一斉にそちらを振り返る。振り返った先にいたのは、司令官だった。
 司令官は少しも表情を変化させる事なく、地に横たわる2つの遺体を静かに見下ろした。そして、無言のまま携帯電話を取り出す。
「司令部所属のエミリア=ハーウェル及び、ドイツの番人マウロ=クルツリンガーの死亡を確認。これより指定する先へ、速やかに遺体処理班を――」
 余りに平然とした態度で司令部へ連絡を入れる司令官に、クルーエルは恐怖すら覚えた。男の方はまだしも、女性の方は自分の仲間なのに。
「マウロ……」
 男の亡骸を、悲痛な面持ちで見詰める男性。親しい間柄だったのだろう。見ているこちらまで、胸が痛くなってくる。
 あれ以降口を閉ざしたままでいるセキアは、焦点の合っていない虚ろな瞳で地を見下ろしている。クルーエルの目から見ても、顔色は相当悪い。
「セキア」
「……」
 クルーエルが呼んでも、セキアは反応しない。こちらの声が、届いているのかどうかさえ怪しい。
「セキア君」
 程なくして通話を終えた司令官が、セキアの名を呼ぶ。
 セキアは長い沈黙の末に、彼らしからぬ鈍い動作で司令官に目を向ける。力のない瞳で見返す彼に、司令官は言った。
「約束は、果たした。あとは、君達の好きにすれば良い」
 この司令官の台詞に、セキアの双眸が大きく見開かれた。彼はこれまで見た事がないほどに顔を強張らせて、唇を震わせながらその場に呆然と立ち尽くす。
 ここまで狼狽したセキアを、クルーエルは知らない。同じく、司令官が発した台詞の意味も。
 近くで、舌打ちが聞こえた。ヨハネスだ。苦い表情をして溜息を吐く彼は、何かを知っているのだろうか。
 司令官が踵を返し、1度もこちらを振り返る事なく立ち去ってゆく。セキアは尚も、石の様に硬直したまま動かない。
 掛ける言葉を見付けられないクルーエルが見守る中、やがてセキアは力尽きた様にがくりと頭を垂れた。
 唇を噛み、握り締めた拳を震わせるセキア。彼は自らの拳以上に震える脆弱な声で、誰にでもなく呟く。
「いるんだ……あの人が……」
 この呟きもまた、クルーエルの理解を超えていた。
 何から何まで、分からない事だらけ。何も分からずに、1人取り残されるクルーエル。
 同居人でありながら、セキアの事を何も知らない自分。その事実を、クルーエルはただ再確認しただけだった。


‐後編 終‐


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あきゅろす。
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