第5話 嘘と真より‐出陣‐
【前編】


「あ、ブランケンハイムさん。ご苦労様。待ってたよ」
 司令官に連れて来られたその場所へ到着するなり、クルーエル達と同じくドイツ南部を担当する知人の番人に声を掛けられた。
 番人歴の短いクルーエルはまだ数えるほどしか会った事がないが、セキアやハクトとはそれなりに親しい様だ。声を掛けてきた青年は、セキア達が自分に気付くなり早速困り顔で愚痴を零した。
「いやあ、吃驚したよ。いきなり、こんな所に集まれなんてさ。オレなんか今日予定あったのに、やむなくドタキャンだよ」
「全くだわ。迷惑な話よ」
 司令官が去ったのを良い事に、ハクトが大袈裟に頷いて同意する。
「相手が部下なら何しても良いって、本気で思ってるのかしらね。舐めるのも、大概にして欲しいわ」
「おい、ハクト。あんまでかい声で愚痴ってたら、聞こえるぞ」
「……煩いわね」
 ヨハネスの忠告に態度では反発しつつも、流石に少しは反省したのか申し訳程度に声のトーンを落とすハクト。プライドの高い彼女の怒りは、まだまだ収まりそうにない。
「けど、本当に何があったのかな? ぼく、こんなの初めてだよ……」
 これほどの広範囲を巻き込む事件は、クルーエルは1度として遭遇した経験がない。20名の番人を必要とする事件など、考えるだけで憂鬱になる。
「分からないけど……葬儀屋の事だから、相当な数の『従者』を用意してるんじゃないかな」
 セキアが言う従者とは、無論葬儀屋が各地から掻き集めて来た亡霊達の事である。
「黒い森の時は従者がある程度固まった場所にいてくれたから良かったけど、もし葬儀屋があれだけの従者をバラバラに動かせば危険範囲はかなり広くなる。それに応じて番人の数も多く必要になってくる」
「! それって……」
 なんとなく、セキアの言わんとする事が分かってきた気がする。ついでに言うと、それ以降は聞かない方が良い気さえしてきた。想像するだけでも、おぞましい。
 クルーエルの胸中に沸き上がった、猛烈に嫌な予感。あっさりと肯定して見せたのは、ヨハネスだった。
「ああ、そういや昔あったな。葬儀屋の馬鹿が従者とやらをあちこちに放ちまくって、どっかの街をゾンビ塗れにした事が。あん時も、結構な数の番人が動いたらしいぜ?」
「……」
 ヨハネス自身に悪気がないのは百も承知だが、クルーエルはこの瞬間ほんの少しだけ彼の事を恨んでしまった。
 どうやら葬儀屋は、クルーエルが認識している以上に洒落にならない人物であるらしい。聞けば聞くほど、この場から逃げ出したい衝動に駆られるえげつなさだ。
「帰りたくなってきた……」
「安心しろ、俺もだ」
 良く分からない励ましと同意を、ヨハネスから得たクルーエル。場の空気が変質したのは、丁度その時だった。
 ぽつぽつと聞こえていた番人達の話し声が不自然なほど唐突に途絶え、クルーエルの視界に収まる全ての番人達の目が道路上のある1点を見詰める。
 番人達と向かい合う形で彼らの前に立った司令官と、その補佐官らしき眼鏡を掛けた女性の姿。突然の沈黙は、この2人が前方に現れた事によるものらしい。
 司令官達が番人達の前に立つのは、説明なり命令なりを開始する合図。司令官達から近い場所にいた番人から順に、瞬く間に沈黙が伝播して行った訳だ。
 司令官が、補佐官に目配せをする。これを受けた補佐官は神妙に頷いて見せるなり、手にした白い用紙を淡々と読み上げる。
「国内から13名、国外から7名。計20名もの番人の皆さんに協力を求めるに至った動機は、先述の通りグレゴリウス=ヴァイラント及びその一味の討伐にあります」
 補佐官は口調こそ丁寧ではあるものの、機械的な喋り方や感情を読み取らせない表情は司令官と何1つ変わらない。国外7名の内の1人であるヨハネスが、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「グレゴリウス=ヴァイラントとその一味については、徹底的に討伐の形を取って頂く事になりますが……もしグレゴリウス=ヴァイラントの操る霊達が襲って来た場合は従来通り殺さない程度に弱らせ、速やかに我々に報告して下さい。直ちに、鎮魂役を向かわせます」
 ここで、番人の1人が挙手した。
「済みません。ちょっと、良いですかね?」
「どうぞ」
「『葬儀屋とその一味』って言うからには、今回は葬儀屋と組んでる奴がいるって事ですよね? 亡霊以外で」
「はい」
 1ミリたりとも調子を変える事なく、飽くまで事務的に応じる補佐官。
「共犯者は3名。どういった意図で葬儀屋に協力しているのかは不明ですが、彼らも今回の討伐対象に含まれます。……我々としては討伐の前に捕獲して情報を吐かせるのが理想ですが、難しい様であれば早々に殺害しても構いません」
 さらりと恐ろしい事を言って退ける補佐官だが、この程度の事に今更驚く番人もいない。
「3人ですか。また、多いですね……」
 実際この場の番人の多くは補佐官の発言ではなく、3名という共犯者の人数の方を気に掛けている様だ。あちこちから、大方同じ主旨の台詞が小声で飛び交っているのが分かる。
「次に、共犯者3名の外見的特徴ですが――我々の緊急調査により、内2人が子供で1人が成人男性の姿をしている事が判明しています。種族については子供2人がハーフエルフ、男性の方が人間との報告があります」
 余りに淡々と行われた補佐官のこの発表には、辺りが一瞬にしてざわめいた。
 「人間だって?」やら「嘘だろ?」やらといったこの場の番人達による驚きの声が次々と上がる中で、クルーエルはセキア達の反応をちらりと横目に窺った。
 案の定、驚いたのは彼らも同じ様だ。3人は少なからず表情を硬くして、顔を見合わせている。
 今回、人間を味方に付けているらしい葬儀屋。どういう事だろう。通常特殊な能力を持たない筈の人間を、何故わざわざ味方に付ける必要があるのか。
 人間といっても、ヨハネスの様な例外も確かに存在する。だが彼の様なケースは極めて異例で、そう滅多にある事ではないとクルーエルは聞いている。

 ぱんっ!

 軽やかに鳴り響く、1発の銃声。
 まだ僅かに残っていたざわめきさえもがこれにより完全に途切れ、番人達の間で沈黙の伝播が再度巻き起った。今やしんと静まり返った交差点上で、躊躇なく発砲したのは司令官だった。
 司令官が右手に握る拳銃から放たれた弾丸は、建築物の影からひっそりと姿を現していたらしい『それ』の片足を容赦なく撃ち抜いていた。恐らくは彼の定めた、狙い通りに。
 『それ』が上げた短い悲痛の声を完全に無視した司令官は拳銃を下げながら、驚く番人達に向かって平然と宣言する。
「時間切れだ」
 どさりと鈍い音を立て、倒れ込んだ『それ』。人間の姿をしていながら肉体は儚く透けて、今にでも消滅してしまいそうな弱く脆い魂。――葬儀屋に操られ、利用された1体の亡霊。
 ようやく、現状が飲み込めた。
 緊張が爆発的に高まり、即座に戦闘体勢へと切り替える各国の番人達。
「これより、討伐を開始する」
 抑揚皆無な、司令官の言葉。これが、長き戦いの幕開けとなった。


‐前編 終‐


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あきゅろす。
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