第1話 光と影より‐邂逅‐
※このページの文中には過度の暴力シーンや流血シーン、及びグロテスクな描写が含まれています。


 男ことエーベル=フォルスターが番人の少年セキアに誘導されてやって来たのは、先の広場から比較的短距離にある大手の飲食店だった。
 人通りの多い道路沿いに建っている点に加え、今は時間帯が時間帯である。店内は、限りなく満席に近い状態だ。
 セキアが最終的に足を止めた最奥のテーブルには既に黒髪の青年が座っていて、窓の外をぼんやりと眺めていた。仲間だろうか。
 青年はセキアの姿を認めるなり、幼い子供の様に無邪気な笑顔を咲かせて手を振ってきた。どうやら、ここで席を確保してくれていたらしい。
 セキアほどではないものの、彼も相当若い外見をしている。フォルスターの想像上の番人とは、2人揃って掛け離れていた。
 てっきりどこかの映画に出て来る様な強面の中年男辺りが登場するものだと思っていたのに、いざ会ってみると若者ばかりとは。ますます、夢の様だ。
「有難う、クロ」
「うん」
 セキアが隣に座ったのを確認するなり、クロと呼ばれた青年は置いてあったバッグの中からメモ用紙とボールペンを取り出して自らの手元に並べた。
「フォルスターさん?」
「!」
 状況に付いて行けず棒立ちし続けるこちらに、セキアが声を掛けてきた。表情からは殆ど読み取れないが、一向に動こうとしないこちらを不思議に思ったのだろう。
「どうぞ」
 セキアに短く促され、ようやく2人の向かいの席にぎこちなくも腰を落ち着けるフォルスター。腰と共に心情も落ち着いてくれれば良いのだが、残念ながらそう簡単にはいかない。
「な、なあ……」
「? はい」
 色々と居心地の悪さを感じて視線を彷徨わせつつも、フォルスターは思い切ってセキアに質問を試みた。
「あんたらが本当に、その――」
「はい。先程、お話しした通りです」
 フォルスターの声に被せる形で、セキアが淡々と答える。
「想像してたのと、だいぶ違うんだが……」
「依頼者の大半は、そう言いますね。でも、器は関係ないので」
 良く分からない。いまひとつ、釈然としない。
「早速ですが、例の事件の話を」
「……分かった」
 フォルスターは、承諾する。自分の表情が、苦々しく歪んだのを自覚した。
 出来る事ならもう思い出したくもない、あの夜の出来事。恋人の仇を討つ為にも、恋人を連れて行った自分の罪を償う為にも、フォルスターには話す義務があるのだ。
「どうして、あんな危ない所に行ったの? 肝試し?」
 まずは右手にボールペンを握った青年が、フォルスターに尋ねる。
 フォルスターは、即座に否定した。
「いや、違う。あそこには、写真を撮りに行ったんだ」
「写真?」
「好きなんだよ。色んな場所で、写真を撮るのが」
 俯く、フォルスター。両の手を痛みが走るほど強く握り締め、彼は肩を震わせた。
「オレは、心霊現象なんか毛ほども信じてなかった。だから、彼女――シャルロッテを連れて行ったんだ。……少しでも信じてたら、行かなかったさ。あんな場所!」
 知らぬ間に語尾が強まり、無意識の興奮に声が裏返りそうになる。
 フォルスターの語調の変化に驚いたのか、青年が僅かに目を瞬かせながら困った様にセキアの横顔を見た。が、セキアは微動だにしない。
 微動だにしない無表情でフォルスターを見据える彼は、店内の賑わいとは対照的な抑揚に欠けた声で問う。
「あの場所で、何を見ました?」
 静か過ぎる口調。静か過ぎる彼の双眸に、フォルスターはどこか薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
「オレは……」
 セキア本人に悟られない様、視線を泳がせながら言葉を絞り出す。
「オレは外から城の全体像を撮影出来ればそれで良かったんだが、中に入りたいと煩いシャルロッテに渋々付き合った」
 この時、無理にでも恋人を連れ帰っていれば。悪夢は、ほぼ確実に避けられたのだ。
「異変に気が付いたのは、中に入って2〜3分ってとこか。大広間の隅っこに、身体を丸めて座り込んでる人影が見えたんだ」
 忘れもしない、悪夢の始まり。
「心霊系を馬鹿にしてたオレでも、正直ぞっとして血の気が引いた。あのシャルロッテですら、顔を引きつらせてたぐらいだ。そんぐらい、やばい感じがした」
 説明が難しい。直感、としか言いようのない感覚だった。
 何か、絶対的な根拠があった訳ではない。ただ、確信した。こいつは危険だと。こいつは――人間ではないと。
 本能が、悲鳴を上げていた。今までの人生で、ここまでの恐怖を抱いた事はなかったと思う。
「物凄く怖くなって、シャルロッテの手を引っ張って逃げようとした。けど、出来なかった。恐怖のせいか、身体が金縛りに遭ったみたいに動かなくなってた」
 動けないフォルスター達が凝視する中、座り込んでいた人影がゆっくりと立ち上がった。ファンタジーの世界で、死神が持つ様な大鎌を手にして。
 口元を大きく吊り上げた人影が、フォルスター達を嘲笑ったのが分かった。
「逃げる間も、叫ぶ間もなかったさ。そいつは大鎌を振り上げて、とんでもない速さでこっちへ走って来たんだ。気付いた時には、もう……」
 恋人の首が、飛んでいた。
 おびただしい血飛沫が、立ち尽くすフォルスターの身体と衣服を汚した。
 力なく崩れ落ちる恋人の胴体と、恐怖に瞳を見開いたままごろりと転がった恋人の頭部。延々と血溜まりを広げ続ける彼女を呆然と見下ろしている内に、人影と目が合った。
 停止していた思考が、動き出す。完全に狂乱したフォルスターは、その場から一目散に逃げ出していた。
 当時の彼の思考は凄まじい恐怖で埋め尽くされていて、逃げる事を除いては何も考えられない状態だった。止まらなかった。
 人影は、追って来なかった。
 恋人ことシャルロッテ=マイヤーの遺体が、バラバラに『解体』された状態で発見されたのは、翌日の事だった。
「……」
「……」
 話を終えたフォルスターと、聞き終えたセキアがそれぞれの面持ちで沈黙する。
 フォルスターの話が終わった事により、青年がペンを走らせる微かな音と周囲の喧騒だけが残った。
 今の自分はさぞ酷い顔色をしているだろうと、フォルスターは自覚する。悪夢を思い出した事により、全身が冷水を被ったかの様に冷え切ってしまっている。
「フォルスターさん」
 あんな陰惨な話を聞いた直後にも関わらず、依然として調子の変わらないセキア。彼に呼ばれ、フォルスターは落としていた視線を彼へ戻した。
「犯人の姿や顔は、覚えていますか?」
「暗かったから、はっきり見えた訳じゃないが……多分、爺さんだった。顔は皺だらけで、背は低くて」
 小刻みに震える唇を動かし、フォルスターは辛うじて答える。しかしながら、間髪容れずに次の質問が来た。
「帽子は?」
「……帽子?」
「相手は、帽子を被ってはいませんでしたか?」
 意図がさっぱり分からない質問だが、フォルスターは思い起こしてみる。
「言われてみれば……被ってた様な」
「色は?」
「いや、流石にそこまでは……」
「分かりました。ご協力、有難う御座いました」
 セキアはそう言うなり椅子から腰を浮かせて、上着の右ポケットから携帯電話を取り出した。
「連絡を入れるので、少し席を外します。――クロ」
「はい、書けたよ」
 書き終えたばかりのメモ用紙を青年から受け取ったセキアは、緩慢な足取りで席を離れて行く。
 そんな彼の後ろ姿をぼんやりと眺めていたフォルスターに、青年が再び声を掛けてきた。
「あのね」
「ん?」
「怖かったし辛かったと思うけど、ちゃんと仇は取るから大丈夫だよ!」
「……」
 多分、悪気はないのだろう。
 悪意の対極線上にある余りに無邪気な満面の笑顔に、フォルスターは怒るに怒れなかった。


‐終‐


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