第1話 光と影より‐戦と思索‐
【前編】
「――がっ」
寂れた夜の廃墟に木霊する、低く短く抑えられた悲鳴。重い物体が床に叩き付けられる音と共に、硬質かつ鋭利な刃を持つ大鎌が主の傍らに沈む。
仰向けに倒れた老人こと赤帽子(レッドキャップ)のハイドから数メートルの距離を取ったセキアは、相手に向けていた短剣(ダガー)を1度下ろして機械の様に淡々と問いを投げ掛けた。
「多分、聞くだけ無駄なんだろうけど……今回の事件を起こした動機、聞かせて貰って良いかな」
声と同じくらい静かな足取りで、セキアは赤帽子へと距離を詰めて行く。
それに対し赤帽子は悪びれもせず、セキアのほぼ想像通りの答えを吐き出した。
「随分と、可笑しな事を聞く……。私は、種族の習性に忠実に生きているだけだが?」
「だろうね」
最初からまともな返答など期待していなかったセキアは、顔色ひとつ変えぬままそんな一言で早々に片付けてしまった。
「人間が動植物を犠牲にして暮らす事と、何が違う? 何も違わんさ」
言いながら身を起こし、大鎌の柄を杖代わりに立ち上がる赤帽子。目も口元も、心底から楽しげな笑みの形に歪んでいる。
凄絶な狂気を孕む、赤帽子の笑み。セキアの歩みが、緩やかに停止する。
「君の意見を全否定するつもりはないけど、異端児は『狩る』決まりだから」
「異端児は、人間に成り済ますお前達の方だろう? 我々は、妖精としてこの世に生を受けた。わざわざ、人間に合わせてやる義理はない。――もっとも、お前が人間なら話は別だがな」
「……」
暫く振りに、セキアの表情が変わる。
どこか不快げに眉を顰め、どこか冷たい瞳で赤帽子を見返すセキア。彼は何も言葉を発する事なく、短剣の切っ先を再び目の前の敵へと突き付けた。
赤帽子はセキアのこの些細な変化を鼻で笑い、大鎌を振り上げる。刹那、強く床を蹴って走り出した。
凄まじい速さだと、セキアは思う。想像以上だ。
大鎌を扱う老いた身体とは信じ難いスピードと腕力を駆使し、赤帽子は依然として真正面からセキアに挑んでくる。
疾風の如く突進して来るや否や、次の瞬間には強烈な斬撃がセキアを襲う。現時点では紙一重で回避出来ているとはいえ、今後どうなるかは全く見当が付かない。
長期間になるかも知れない。そう覚悟しざるを得ない、現在の状況。
緊張は、尚も続く。
* *
「どうして、エーベル=フォルスターがここにいる訳?」
「いや、それは……その……」
非常に近寄り難い形相で、ハクトがクルーエルを問い詰める。
ハクトの中では静かな部類に入る口調ではあるものの、言動の端々から見て取れる苛立ちからだろう。しどろもどろに言葉を濁しながら、目を逸らすクルーエル。
電話で呼び出されてこの廃墟前までやって来たハクトとソフィアは、そこでフォルスターと共に待機していたクルーエルと再会を果たした。
セキアの姿がない代わりに本来ここにいない筈のフォルスターの姿がある事に、ソフィアからは当然ながら戸惑う素振りが窺えた。が、ハクトの反応は少し違った。
最初こそどういう事かと首を捻りはしたものの、番人を始めて今日までの長い経験の中から彼女は直ぐに結論を見出したのだ。見出すと同時に、溜息が漏れた。
「全く……あの子ったら、どこまでも甘いんだから」
苦い表情で1人呟くハクトの隣で、ソフィアがフォルスターを気遣う。
「フォルスターさん、お怪我はありませんか?」
「ああ……特には……」
フォルスターは見るからに上の空で、ソフィアの質問に応じる。『色々なもの』を目の当たりにした直後と思われるので、無理もない。
兎にも角にも、そちらの方はソフィアに任せておく事にしよう。
おろおろと突っ立ってこちらの顔をじっと覗き込んでくるクルーエルに、ハクトは厳しい双眸で向き直り指示を出す。
「大方事情は分かったから、あんたは早く戻りなさい」
「! う、うん。行って来るねっ」
クルーエルは指示を受けるなり、たちまち表情を引き締めて迅速に踵を返した。再び戦場に身を投じるべく、彼はセキアのいる城跡内部へと駆けてゆく。
ハクトは仏頂面のままクルーエルの背中を見送った後、セキアが帰って来た際にぶつけてやる説教の言葉を黙々と考え始めた。
‐前編 終‐
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