第1話 光と影より‐決行‐
【後編】


 深夜の町外れは、不気味である。
 光らしき光は目に留まらず、音らしき音は耳に届かない。無限に広がった深い闇の中に、無慈悲に閉じ込められた様だ。
 こういった山の付近になると、特にその傾向が強くなる。
 微風や昆虫が奏でる微かな音と、延々と立ち並ぶ木々のシルエット。10年以上この仕事をやっている関係で流石にもう恐怖はないが、不気味であるという感想は未だ揺るがない。
「じゃあ、あたし達は適当な所で待ってるから。何かあったら、直ぐ連絡して」
「うん」
 淡々としたハクトの言葉に、セキアが淡々と応じる。
 彼の脇には懐中電灯を手にしたクルーエルが控えていて、暗闇の中うっすらと浮かび上がる城跡をじっと見上げている。
「セキアさん、クロさん。くれぐれも、お気を付けて……」
 ソフィアが、悠然と佇むハクトの隣で酷く神妙な面持ちで注意を促す。
「有難う。善処するよ」
 笑顔になり切れていない笑顔を作った後、セキアはハクト達に背を向けて目的地である城跡の方へと足を踏み出した。
「クロ」
「! あ、うん」
 慌てて視線を戻し、細道を懐中電灯で照らしつつセキアの後を追うクルーエル。不安にならざるを得ないのはいつもの事だが、果たして彼はちゃんと危機感を持ってくれているのだろうか。
「ソフィー、行くわよ」
「はい」
 とはいえ今のハクトが最優先すべき課題は、隣にいるソフィアを可能な限り安全な場所へと導く事。彼女が持つ重要な役割と能力を考えれば、いつまでもこんな所に立たせている訳にはいかない。
 万一に備えて辺りを警戒しながら、ソフィアを引き連れ元来た道を歩く。
 件の城跡を目指して細道を登って行くセキア達の後ろ姿を、ハクトは1度だけ振り返った。

 * *

 怖くないと言えば、大嘘になる。
 けれど、今更引き返す選択肢など存在しない。自分は既に、腹を括ったのだから。
 金属バットや小刀といった、武器になり得る物は持てる範囲で掻き集めて来た。相手が化け物な分役に立つか否かは不明だが、武装するに越した事はないだろう。
 まさか心霊現象を散々馬鹿にして生きてきた自分が、その心霊現象に怯える日が来る事になろうとは。自分はもう、かつての恋人を笑える立場ではなくなってしまった。
 暗く気味の悪い坂道を、懐中電灯を頼りに息を殺して進む。今にでも、木陰から何かが飛び出して来そうな妄想――だと信じたい――が頭から離れず、全身からは嫌な汗が絶え間なく滲み出ているのが分かる。
 恐怖と緊張に冷えた身体が、感覚を鈍らせる。足が竦む。唇が震える。それでも、行かなければならない。
 何も知らないまま、終わらせるつもりはない。『あちら』にどの様な事情があろうとも、自分には関係ない。一方的に、隠蔽などされて堪るものか。
「フォルスターさん」
「!」
 坂道を進み続けて、ようやく目的の城跡の全貌が露わになった時だった。前方から、抑揚のない声で名を呼ばれたのは。
 飛び上がるほど盛大に驚いたフォルスターではあるものの、この声が誰のものなのかはほぼ瞬間的に悟っていた。
 今日の夕刻、聞いたばかりの声。寒気がするくらい、落ち着き払った少年の声。
 いつの間にか少々俯き気味になっていた視線を上げて、前方に立つ2人の『番人』を睨む様に見据える。
 表情のないセキア。困惑も露わに、そんなセキアとフォルスターを忙しなく交互に見遣る青年。飲食店で体験したばかりの重苦しい空気が、3人の共有する空間を再びじわじわと覆ってゆく。
 重苦しい空気の中で、先に口を開いたのはセキアだった。
「ここで、何を?」
「決まってるだろ」
 吐き捨てる、フォルスター。一方、セキアは僅かに双眸を細めるのみに留まった。
「本当に、死にますよ」
「脅したって、無駄だ。オレは行く」
 フォルスターの決意は、揺るがない。2人を押し退けてでも、行くつもりだ。
 まるで聞く耳を持たずつかつかと2人の脇を通り過ぎようとしたフォルスターの腕を、酷く慌てた挙動の青年が掴んだ。
「だ、駄目だよ! 危ないよ……!」
「煩いっ」
 荒々しく声を上げ、フォルスターは青年の手を振り払った。
「あんな説明で、納得出来る訳ないだろ!」
 フォルスターの剣幕に、たじろぐ青年。
 青年はまるで親に叱られた子供の様におどおどしながら、セキアの横顔を見詰める事で彼に助けを求める。これでは、どちらが年上なのか分からない。
 青年の無言の訴えを察したのかは定かでないが、セキアは顔色ひとつ変えず淡々とフォルスターに告げた。
「ここから先は、非常に危険です。貴方の身に何かあっても、責任は――」
「取らなくて良い」
 セキアの台詞をぴしゃりと遮り、フォルスターは言い放った。
「守ってくれなんて言うつもりはないし、あんたらに責任を負って欲しいとも思わない。オレは、自己責任でここに来た。死ぬつもりで、ここに来たんだ。……なんなら、力ずくでも良いんだぞ?」
 手にした金属バットを握り締め、2人と真っ向から対峙するフォルスター。そこで初めて、セキアの表情に変化が生じた。
 苛立っているとも、単に困っているだけとも取れる微々たる変化。僅かに眉根を寄せて、セキアは押し黙る。
 沈黙は、いかほど続いただろうか。束の間の無音を破ったのは、セキアの溜息だった。
 無表情に小さな溜息を吐き出した彼は不意に身体の向きを反転させたかと思うと、何事もなかったかの様に城跡の方へと1人歩みを再開していた。青年は勿論、フォルスターも流石に驚いた。
「え? ちょっ、セキア!」
 青年が、これ以上がないほど慌てた動作でセキアの背中を追い掛ける。
 フォルスターは、半ば呆然と呟く。
「勝手にしろ、って事か……?」
 幾ら制止されようが無視を決め込むつもりではあったものの、いざこうなってみると驚きの方が勝った。
 それは飲食店での言動からして、番人側が折れてくれる可能性は限りなく低いと想定していた為だ。フォルスターとしては、嬉しいというより拍子抜けである。
 追い付いて来た青年へ向けて、セキアが密かに「やり辛いな……」とぼやくのを、フォルスターは聞いた気がした。


‐後編 終‐


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