第1話 光と影より‐決行‐
【前編】


 骨董品は美しく、故にデリケートだ。ほんの少しの傷や汚れでも、その魅力や価値が大きく損なわれてしまう。極めて慎重に扱い、手入れをする必要がある。
 アンティークショップ『カルテット』の閉店時間を、僅かに過ぎた頃。ソフィアは店内の掃除や整頓、戸締まりを着々と進めていた。
 棚に並べられた骨董品を隈なくチェックし、汚れや擦れがあれはその都度直す。『営業中』のボードを店内に引っ込め、店内と屋外とを直接繋ぐ唯一の扉と窓にしっかりと鍵を掛ける。後は、店内の明かりを切っておくだけで良い。
 けれど、余りゆっくりしてはいられない。店の戸締まりが終われば、直ぐに夕飯の支度をしなければならないのだから。
 普段は4人で交代に店番をしているこの表稼業ではあるが、今日は内2人が裏稼業で外出している関係で夕飯の準備に取り掛かるぎりぎりの時間までソフィアが店番を担当していたのだ。
 店内の明かりを消し、速やかに廊下を渡った先にあるリビングへと戻る。リビングのドアノブを握った時、室内から聞き慣れた少女の声が聞こえて来た。
「――決まりね。今夜、決行するわ。良いわね?」
 聞こえて来た、通話中と思われるハクトの声。たったこれだけの短い台詞でありながらも、ソフィアは全てを悟った。
 ハクトの電話の相手が、誰なのか。2人が、どんな会話を交わしたのか。現状を考えれば確認するまでもない事で、想像は容易に付いた。
 なるべく大きな音を立てない様に、ソフィアはドアノブを回した。
 露わになったのは、リビングの木椅子で足を組んで携帯電話をスカートのポケットへと仕舞うハクトの姿。たった今、通話を終えた所らしい。
「ハクトさん。お店の戸締まり、終わりました」
「ん、ありがと」
 仏頂面で、短く礼の言葉を述べるハクト。無愛想だが、それが彼女の常である事はソフィアとて心得ている。
「今のは、セキアさんから?」
「ええ。討伐は今夜。ちなみに、今回はあんたにも同行して貰うわ」
「少し、距離がありますからね……」
 ソフィアは頷く。
 戦闘要員でも参謀役でもないソフィアが、直接戦場に赴く事例は多くない。
 そこに、既に重傷者がいる場合。仲間達の身に何かあっても、直ぐに駆け付けるのが困難な場所が戦場になっている場合。主にこの2通りで、今回は後者である。
「夕飯の支度は、今日は良いわ。残念だけど、ゆっくり食べてる時間はなさそうだから」
「そう、ですね……。分かりました」
「今の内に、休んどきなさい」
 引き続き素っ気なく言い終えると、ハクトは空になったティーポットを手に立ち上がった。ソフィアに気を遣ってか、自分で紅茶のお代わりを入れるつもりらしい。
 しかしながら、立ち上がって間もなくハクトの動作は止まった。まるで時が停止したかの様に、ぴたりと動かなくなってしまったのだ。
 事情が飲み込めないソフィアが首を傾けて見守る中、やがてハクトはおもむろに手近の戸棚を手当たり次第に漁り始めた。
 上から順に引き出しを開き、中を覗き込んでは閉める。彼女がそんな奇行を数回繰り返した所で、ソフィアは恐る恐る声を掛けた。
「えっと……隣の棚の、上から2番目の引き出しです」
「……」
 手を止めたハクトが、こちらを振り向く。特に表情に変わりはないものの、顔がほんのりと赤らんでいる様に見えるのはソフィアの気のせいだろうか。
 仏頂面でこちらをじっと睨んだ後、彼女は無愛想に視線を逸らしながら口を開いた。
「……分かってるわよ」
 突っぱねる様に吐き捨てたハクトは、ソフィアに言われた通りの引き出しから乱暴に目的の茶葉を引っ張り出した。

 * *

「ところで、どうやって『ぼく達』を知ったの?」
 クルーエルが何気なく行った質問を受け、セキアが席を外して以降テーブルに視線を落として沈黙を続けていたフォルスターが鈍い動きで顔を上げた。
 当たり前と言えば当たり前だが、顔色は良くない。不安だとか緊張だとか、現状に対する心理状態が大きく影響しているのだろう。
「……事件の翌日、馬鹿にされて笑われんのを覚悟して知人に全部話したんだ。そしたら、そいつは笑うどころか凄い真顔で『あんたら』の存在を教えてくれた。『あんたら』と、コンタクトを取る方法もな」
 顔色はともかく、受け答えは比較的しっかりしている。
「どうやらそいつは、前に『あんたら』の世話になった事があるらしい。詳しい事情は、話して貰えなかったが」
「そっか……」
 とはいえ、フォルスターの知人の対応は正しい。クルーエル達『番人』は依頼者に対し、一部の例外を除いて事件概要の他言を禁止している為だ。
「――あ」
「え?」
 控え目ながら不意にフォルスターが上げた声を喧騒の中辛うじて聞き取り、クルーエルは彼が見詰める先へと目を遣った。
 セキアだ。ハクトとの電話を終えた彼が、こちらへ歩いて来る姿が窺える。
 クルーエル達と目が合っても彼の表情と足取りに変化はなく、ハクトとどんな会話をしたのかは微塵も読み取れない。
「セキア、お帰り」
「うん」
 クルーエルが掛けた言葉に頷いたセキアが、再び静かに着席する。彼は真っ直ぐにフォルスターを見据えて数秒の間を置いた後、おもむろに口を開いた。
「結論から言うと、犯人の討伐は今夜に決まりました」
「!」
 フォルスターの顔が、僅かに強張る。神妙な面持ちで、彼はセキアを見詰めた。
「犯人は数日前からあの城跡に住み着いていて、まだ移動には至っていないと思われます」
「そんな事、なんで分かるんだ?」
 フォルスターが聞く。
「これまでのデータを見る限りでは、そう考えるのが自然なんですよ」
「これまでの……データ? って、前科持ちなのか?」
「お察しの通りです。分かり易く言えば、指名手配犯といった所ですね。今回の事件の犯人はこれまでも複数回に渡ってあちこちで同様の事件を引き起こし、未だ『我々』から逃げ回っています」
 淡々と説明する、セキア。
「セキアの予想、当たってたんだね。やっぱり、犯人は――」
「クロ」
「! あ、ごめん」
 思わず機密を漏らし掛けたクルーエルの台詞を、セキアがすかさず制した。今更効果はないと知りつつも、クルーエルは慌てて自らの口を両手で覆った。
 だがクルーエル達のこの遣り取りに、フォルスターが眉を顰めた。
「あんたら、知ってんだよな? シャルロッテを殺した犯人が、どこのどいつなのか。……オレにも、教えてくれよ」
「……」
 鋼鉄の様な無表情で、セキアがフォルスターを見返す。彼は、何も言わない。
 フォルスターの眉間の皺が、さらに深くなる。
「っ、おい……!」
「フォルスターさんは、もうお帰り頂いて結構です。あとは、我々の仕事ですから」
「ふ、ふざけるな! シャルロッテは、オレのせいで死んだんだぞ? なのに何もせず、あんたらが陰でひっそり解決すんのを待ってろってのかっ?」
 感情が高ぶり、フォルスター自身も気付かぬ内に声が大きくなってしまったのだろう。クルーエル達の周辺の席で食事をしていた一部の客の視線が、ちらりとこちらに向くのが分かった。
「貴方に協力して頂ける事は、もうありません。深入りするなら、命の保証は出来ませんよ」
「……それは、脅してるつもりか?」
「単なる事実です」
 フォルスターが、どこまでも態度を変えないセキアを険しく細めた双眸で睨み付ける。しかしながら、依然としてセキアが意に介す素振りはない。
「セキア……」
 一気に重苦しくなった空気に堪え兼ねたクルーエルは、セキアの名を呼んだ。呼んでどうなる問題ではないが、不安故の言動だ。
 そんなクルーエルを一瞥して間もなく、セキアはフォルスターの抗議を遮る形で無言のまま席を立った。テーブルに置かれていた伝票を手に取り、彼はクルーエルに店を出る様にと視線で促した。
「ご協力、有難う御座いました」
「おいっ! 待てよ!」
 セキアは、聞き入れなかった。
 何も言わずフォルスターに背を向け、足早にカウンターを目指して歩き始めるセキア。止まるつもりは、一切ないらしい。
 クルーエルはセキアの後を追おうとして、それでも酷い後ろめたさに駆られて1度だけフォルスターを振り返った。
「ごめんね」
 言い訳はしない。ただ、謝る。
 クルーエルは尚もこちらを睨み続けるフォルスターから逃げる様に目を逸らし、荷物を持って小走りにセキアの背中を追った。


‐前編 終‐


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