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She is queen.〜その女、最強につき〜
王子様警報発令中



「おはようお姉ちゃん」
「ああ、おはよう」

その時楓はまだ気付かなかった。
蘭があまりにも普段と変わらないから、皆に優しくて皆をよく見ている素晴らしい人だから、身内でも直ぐには気付けなかったのだ―――





今日も今日とて女帝オーラを振り撒いて、蘭は校舎を歩いていく。
擦れ違う生徒達が会釈していく中、彼女が目指すは教室。
階段を上がる途中のこと、前を数人の女生徒が話しながら上がっている。楽しそうな会話らしく、笑い合っていた。
彼女達は階段を登り切ったかと思ったが、その内の一人が足を滑らせた。

「きゃあっ!?」

一瞬何が起こったのか理解できない。焦る友人が自分から離れていき、そして感じる浮遊感。まるでスローモーションのようだと彼女は思った。もうすぐ来るであろう衝撃を思い、ギュッと目を閉じた、その時。

ふわりと柔らかな何かに受け止められた。

「大丈夫か?」
「…え?」

周りからキャアと声が上がり、ざわめきが起きている。閉じていた目を開けた彼女が見たのは、

「話に花を咲かせるのは結構だが、階段では気をつけろ」

真剣な眼差しで自分を見つめる生徒会長だった。
心から心配してくれているのだと感じた彼女は、すみませんでした、と謝る。すると、

「怪我がなく何よりだ」
「あ…」

蘭は彼女の頬に手を滑らせて、柔らかく微笑んだ。

「次からは気をつけるのだぞ」

そう言い残し去った蘭を見送った女生徒はしばらく放心状態で、友人達が駆け寄る。

「大丈夫!?」
「会長が助けてくれなかったら絶対怪我してたよー!」
「よかったね!」

無事であったことを喜ぶ友人達をよそに、女生徒の視線は蘭が去った方を見つめていて、その頬は朱に染まっていた。

「……王子オーラや…」
「いつもの女帝じゃねぇ…!」

一連の出来事を目撃した忍足と宍戸が、頬を引き攣らせながら呟いた。





その日の蘭はそんな感じで女帝オーラではなく王子オーラを撒き散らしていたので、彼女の歩いた後には男女構わずぽわんと頬を染めた生徒達が立ち尽くしていたという。

放課後になり、生徒会の仕事を終えた蘭がテニスコートに寄った。妹に先に帰ることを伝える為である。

現れた蘭に気付いたギャラリーの女子達が、ぼんやりと見惚れている。
休憩に入った跡部達がそれに気付いた。

「今日の蘭はなんや男前っちゅうか天然タラシやなぁ」
「侑士がタラシとか言うなよ。つーか、歩くだけで惚れてる奴いたぜ?」
「いつものことではあるけどいつも以上やな」

忍足と向日がげんなりと話す。
それを聞いていた跡部が観覧席へと近づき、蘭に話し掛けた。

「おいテメェ、この空気なんなんだ!練習の邪魔だ!」

苛立つ跡部を一瞥した蘭だったが。

「すまないな。用が済めばすぐに去る」

――と、謝罪の言葉を紡いだのだ。
ポカンとする跡部やレギュラー達。

いつもの彼女ならば「ハッ、羨ましいのだろう」とニヒルな笑みを浮かべた筈であるし、そうなるだろうと思ったからだ。

なので、「い、いや…まぁ今は休憩中だしな…」と跡部らしくもない態度になってしまったのは仕方のないことだろう。

「楓、私は先に帰るからな。この後も頑張れ」
「あ、うん」

蘭はそれまで唖然としていた楓にやはり王子モードな微笑みを向け、踵を返そうとした。しかしふと足を止め、同じく離れようとしていた跡部を呼ぶ。

「待て跡部、ちょっとこっちに来い」
「あ?何だよ、ったく……!?」
「糸屑が付いているぞ」

近づいた跡部のユニフォームに手を伸ばし、ついと糸屑を摘んだ。引き留めて悪かったな、と王子モードの微笑みを向けられて、跡部も僅かに頬を染めてしまっていた。ハッと我に返った時には既に遅しではあったが、後ろにいたレギュラー達も見惚れていたし、後ろなので見えていなかったのは跡部にとって幸いだったに違いない。

ここにきて漸く跡部は内心で蘭の様子がいつもとは違うことに、少しではあるが違和感として感じていた。
しかしそれを指摘するのは確信がないために憚れた。いつも一言えば十倍で返されるから、というのもあるが。

その時、本当に帰ろうとした蘭を、今度は楓が引き留めた。

「お姉ちゃん待って!!」
「何だ?」

蘭が振り返った時既に楓は姉の目の前にいて、徐に右手を彼女の額へと宛てる。そして「やっぱり!!」と声をあげると、姉に向かって言い放った。

「お姉ちゃん早く帰って寝て!!微熱あるよ!」

――と。

「………、仕方ないな」

言われるのを分かっていたかのようにフッと息を吐くと、蘭は苦笑を浮かべ今度こそ本当にコートから去って行ったのだった。





「「………て、はああ!!?熱ぅ!?」」

呆然と跡部との、そして姉妹のやり取りを眺めていたレギュラー達が、楓の方を見て叫んだ。
困ったように眉を下げ、私も全然気付けなかったんですけどね、と前置きする。

「お姉ちゃん、微熱があると王子様みたいになるんですよ。ちょっと性格が変わっちゃうんです。熱があってもほとんど変わらないから気付くのが遅くなっちゃって、でも一晩寝たら熱は下がるみたいで気付いた時にはもういつものお姉ちゃんで…」

もう1年以上全然見てなかったから気付けませんでした、と楓は息を吐いた。
妹としては気付けないことが悔しいのだ。早く気付けば学校を休んで治して貰うのだが、微熱くらいでは休まないのが蘭である。
そして、そういえば!と気付いた時にはもう治っているから。

いくら完全無欠に見えようとも、女帝であっても、体調を崩すことはあるのだろうが……。

「なんで王子オーラやねん!」

思わず忍足が突っ込んで、楓は苦笑を浮かべたのだった。

王子様警報には要注意、である。





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あきゅろす。
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