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She is queen.〜その女、最強につき〜
凜として


あの人の、あんな顔を見たのは初めてだった。



《凛として》



蘭は弓道部の部長である。生徒会長という肩書きの所為で隠れがちではあるが。

「諸君、もうすぐ大会だ。気を引き締め、精進するように」

彼女らしい、余計な事を言わない言葉に、自然と部員たちの気も引き締まる。
それぞれが練習を開始した。
蘭も弓を引く。部員たちが、静かにそれを見守った。
凛とした立ち姿。部の誰もが憧れる。
中学弓道界でもその存在は全国区だ。

パシッ!!

蘭の手から矢が放たれる。
それは、見事に的の中心に射たてられた。
ホゥ…と周囲からため息が漏れた。
見惚れてしまう、その仕草に。

テニス部の連中に言わせれば、『蘭がモテることが理解できない』らしいが、それこそ弓道部の者たちには理解できない。
彼らに言わせれば『何故、蘭に惚れない人がいるのか』である。



テニス部準レギュラー、日吉若。
彼は、担任に任された書類を生徒会室に届けるため、廊下を歩いていた。

「全く…なぜ俺がこんなことを…」

生徒会室は校舎の最上階にある。面倒に思いながらもようやく到着した日吉は、生徒会室の扉をノックした。

「どうぞ」

中から返った声は確かに生徒会長の声。
日吉は失礼します、と声を掛け中に入った。

「ああ、日吉か。どうした?」

机の上の大量の書類に目を通していた蘭は、チラ、と日吉を見て再び書類に目を戻した。

「担任にこれを頼まれたんですよ」
「ああ、それか。すまないな」

持っていた書類を蘭に渡し、特にそれ以上の用はないし、ここにいても楓が来るわけでもないので、俺はこれで…と、日吉は生徒会室を後にしようとした。

「ちょっと待て。お前、今から部活だろう?榊先生に渡して貰いたい物があるのだ。持って行け」

何で俺ばかり…ていうか、すでに命令!?と思ったが、やはり生徒会長であるし、楓の姉なので我慢することにした。

「いいですよ…ついでですし」
「当然だ。………おや?」
「…どうかしたんですか?」

机の周辺の書類を捜しているが、目的のものは見つからないらしい。

「ふむ…どうやら部室の荷物に入れたままのようだな…少し遠回りで悪いが、弓道場まで取りに来ては貰えないか?どうしても今日中に渡したいのだが、私は他にも仕事があるのでな」

そろそろ行かないと監督に何言われるか…それに、早く楓の顔も見たいのに。そう思う日吉の表情で蘭は何かを察した。

「解った。もし部に遅れてしまったら榊先生には明日、私から言っておく。で、楓のプライベート写真でどうだ?」
「わかりました」

日吉は即答だった。所詮、楓には弱い男なのだ。
それよりも、妹をダシに使う姉も姉なのだが。

日吉は蘭と共に弓道場へと向かった。
弓道場とテニスコートは少し離れている。日吉は弓道場へ行くのは初めてではないが、しょっちゅう行く所でもないので、どこか新鮮だった。
道すがら、すれ違う生徒達が蘭に会釈する。
性格はどうであれ、蘭は女子、男子共に人気があることが伺える。
弓道場に着くと、すでに部活は始まっていた。蘭は部室から書類を持ってきて、日吉に渡した。

「よろしく頼む」
「わかりました」

私は少し部に顔を出すから、とそこで日吉と別れ、蘭は部室に入って行った。
日吉はそのままテニスコートに行こうかと思ったが、何となく、そう、何となく、弓道場を覗いてみたくなった。
クラスの弓道部の女子が言っていた『紀宝先輩はカッコいいんだよ!わかってないなぁ〜』という言葉が気になったと言えば、そうかもしれない。
弓道場にはピシッとした空気が漂っていた。日吉も古武術をしているため、その緊張感は手に取るようにわかる。
そして、蘭が弓道場に顔を出すと同時に、その緊張感は最高になった。

「うむ、調子はいいようだな」

一人一人の姿勢などを見て、蘭も弓を引く構えを見せた。

日吉は見惚れていた。
凛としたその立ち姿と、矢を番える指先の向こうに見える的を射るその眼差しに。
いつもの、あの女王のような蘭ではなく、そこにいるのは、日吉の知らない紀宝蘭だった。

パン、と矢が的に射られた音にハッと我に返った日吉は、弓道場を後にした。
自分としたことが蘭に見惚れるなんて。
しかし、あの人のあんな顔は初めて見た。

『なぜ蘭に惚れない人がいるのか』

その気持ちが少し解った気がする、ある日の放課後の出来事。





(私、弓道の知識ないです。一応調べたりしたんですけど、突っ込みはナシの方向でお願いしますね)
(06・11・27)


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あきゅろす。
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