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今日も変わらず地球は回る
武勇伝



《武勇伝》



梅雨入り前の最後の天気なのか、清々しい晴れた日になった。カーテンを開けてベランダに出て、街並みを見下ろす。まだ早い時間だからか、動いている人は少ない。
目を閉じて朝特有の気持ちのいい空気を吸い込んで、それからゆっくりと目を開いた。


世界が少し変わった気がした。


「……よし」

小さな決意を秘めて、部屋のドアを開けた。



マネージャーの話が出てからというもの、何度か呼び出しされたりしたけれど、私の変わらない態度にだんだんとその回数は減っていた。
テニス部の皆も忙しくなってか、私の呼び出しを考慮してか、毎日訪ねては来なくなっていた。同じクラスの2人が説得担当になったのか、相変わらず誘ってくるのだけど。
テニス部は今日も朝練らしく、テニスコートからは真田君の『たるんどる!』と怒鳴る声が聞こえてきた。さすがに朝練まで見に来るファンはあまりいないようで、練習に集中しているのが遠くからだけどなんとなく分かる。
やっぱりあのギャラリーには多少と言えども集中を削がれているのだろうか。まぁ、彼らほどのプレイヤーなら集中することぐらいわけないだろうけど。
私はいつも通りに教室へ行き、自分の席に着いた。

始業少し前に、ようやく仁王君と柳生君が教室に入ってきた。ギリギリまで練習していたみたいで、ザッと汗を流したのであろう、仁王君の髪がまだ湿り気を帯びていた。それに気付いた女子が、何人か頬を染めていた。

「(何というか…やっぱり景吾くんと属性が似てるなぁ)」

景吾くんに言ったら『あんな奴と一緒にすんじゃねぇ!』と怒られそうなことを思ったりして、こっそり笑った。このことは心に秘めておこうと思う。うっかり言ってしまった日にはどうなることか。



今日は3、4時限目が調理実習なので、教室を移動しなければならない。調理室まであと少し、というところで事件は起こった。

「きゃーー!!」

調理室から一人の女子の叫び声。それでも私は歩む速度を変える事なく進む。男子の声も若干聞こえた。

「やだ!こっち来るよー!」
「うわ!俺苦手なんだよ!」
「ゴ、ゴ…っ!」

調理室に入ると、そこはプチ修羅場と化していた。
何やら生き物が徘徊していて、皆はソレから逃げているらしい。

「どこ行った!?」
「あ…あそこ!」
「……あっ!」

一人の女子が指差した方から黒い物体が飛び立った。しかも、私に向かって。

「蓬莱さん、危ない!!」

皆の視線が私に向く中、私はある行動に出た。
サッと脱いだ上履きでソレを打つ。打たれたソレは、開いていた窓から外へと放り出され、あっという間に視界から消えた。
手首のスナップを利かせて打ったから、ソレは潰れることはなく、しかし大ダメージを受けたに違いない。
脱いでいた上履きを履いて、私は自分の班のテーブルに着いた。
時間にしてほんの1分少々の出来事だった。

(お…漢だ…!)
(お姉様…っ!)

なんて思われてるとは知らなかったけど。
席に着くと、同じ実習班の子達がキラキラした顔で私を見た。

「蓬莱さん、平気なの?」
「さっきのことですか?平気ですよ」
「すごいねー!私いつも逃げちゃうよ!」
「私も!尊敬しちゃうなー!」
「別に、ただの虫だし」
「かっこいー!」

実習中、そんな話をしながら思う。
人の印象なんて、ちょっとしたことで変わってしまうものなのだと。それは、私がメガネと三つ編みになるだけで大人しく見えてしまうように。
2年間、自分で勝手に壁を作って人を遠ざけてきたけれど、そろそろ進む時期に来たのかもしれない。
今はまだ、素の姿のことや家のことが知られた訳じゃないし、もしバレたとしても、もうあの頃のような小さな子供ではないのだから自分で何とかできる。
テニス部の事は、いいきっかけになりそうな気がした。

「私ね、蓬莱さんがテニス部のマネージャー頼まれたの、解る気がする」

一人の子がそう言った。私は担当のから揚げに味付けをしながら、彼女を見た。

「…え?」
「うんうん、私も思った!蓬莱さんて頭いいし、委員の仕事とかすごくテキパキこなすよね」
「私も図書室で見た!だから仁王くんが誘ったのも納得だなって」

驚いた…見てたんだ。自分は誰の気にも留まらないような存在だと思っていたのに、見てくれている人がいたことに驚いた。

「蓬莱さん、私たち応援するから」
「マネージャー、頑張って!」
「皆さんありがとうございます…ところで、手が動いてないですよ」
「あ、ごめん!」
「わ、蓬莱さんちゃんとやってる!次、私するね」

クスクス笑いながら、皆と料理を作っていった。
思わず笑みが零れた私に「蓬莱さんも笑うんだねぇ」「雰囲気柔らかくていいよ」「もっと笑いなよ」なんて言われたりしながら。

「やっぱり蓬莱さんて手際いいねー」
「ていうか、蓬莱さんの味付けの唐揚げ、すごい美味しいんだけど!!」
「ホントだ!うわー絶妙…!」
「いつの間に…」
「まぁ、料理は得意なほうですから」

何だかあまりに手放しで少し照れるけど、皆で料理を囲みながら、味付けのレクチャーをした。

「そんなに美味いんか?」
「そりゃもう!」
「一口くれん?」
「いいよ…って仁王くん!?」

私たちのテーブルに仁王君がひょっこり現れた。すでに私の作った唐揚げを頬張っている。

「すごかね…美味すぎなんじゃけど」
「でしょう!?この生姜の効き具合ったら!」
「蓬莱はええ嫁になりそうじゃの」

にんまりと笑いながら言う仁王君に微妙な表情で返す。

「……それはどうも」

何だか、この2時間でやたらクラスに馴染んでしまったな。つい昨日までは浮いてたのに。
そんな感じで調理実習が終わると、昼休みになるわけだけど、何故だかさっきの出来事が校内中に広まっていた。
一体、どうしてそんなことになるのかが不思議だ、と呟いたら隣りの席の子が、

「だって、テニス部マネージャー候補の蓬莱さんの武勇伝だもの」

と笑って言った。
たかがゴキブリ一匹やっつけたくらいで…まったくヒマな人達だなぁ。

「さて、授業の用意…と」

運命の放課後まで、あと少し。



(Gに強い人を尊敬します)
(07・07・30)


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あきゅろす。
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