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今日も変わらず地球は回る
嘘つき



電車を乗り継ぎタクシーに乗り、都内でも高級と名の付く住宅地、周りの家のさらに数倍の敷地がありそうな、和風の門の前に仁王と幸村はいた。表札には『蓬莱』と書かれており、ここが彩音の家だということを示している。

「…デカ…」
「やめとく?」

思わず呟いた仁王に幸村が返す。ここで怖じ気づくくらいならやめたほうがいい。この家を背負う覚悟がないのなら。彩音と一緒にいるということは、そういうことなのだ。
すると、呆れたような顔で、当たり前のように仁王が言った。

「何を今更。やめるわけなか」
「フフッ、それでこそ仁王だ」

幸村は改めて門に向き合い、呼び鈴を鳴らした。
使用人とのやり取りの後、呼び鈴横の入口の鍵が開き、中に入る。
広がる和風庭園の中の、玉砂利の歩道を歩くこと数分。純和風建築が二人を出迎えた。
仁王は、軽井沢の跡部の別荘の時同様に思わず唖然としそうになるが、使用人によって開けられた玄関をくぐる時にはもう、彩音のことでいっぱいだった。

「少々お待ち下さいませ」

客間に通されお茶を出されたが、手を付ける気にはならない。
何も話さないまま数分待つと、すっと障子が開かれた。

「精市くん?急にどうし……仁王くん…」

幸村に声を掛けた彩音が、横にいた仁王に気付いて眉を寄せた。
和装で現れた彩音は一瞬、どこか他人のようにも思えたが、仁王は彼女を見つめて口を開いた。

「話がある」
「…私にはない…」
「幸村、ありがとさん。後は大丈夫じゃき」
「分かった。じゃあ俺は行くから。彩音、きっと大丈夫だよ」
「精市くん…」

ニコッと笑って幸村が帰っていくと、部屋に沈黙が訪れた。目を泳がせた彩音が、自分の部屋で話そう、と客間を出た。仁王も慌てて後を着いて行き、部屋に入れて貰えたことにホッとする。
仁王は入って直ぐのところ、彩音は奥の窓際に立って背を向けた。

「彩音…」
「…なに」
「着物、綺麗じゃな」
「お花のお稽古してたから」

淡々と答える彩音に、何言うとるんじゃ俺は、と内心で叱咤する。世間話をしにきた訳ではないのだ。

「幸村が独り言でな」
「…は?」
「幸村はお前さんとした約束は破らん言うて、独り言で言うとっただけじゃからな」
「……」

一応、幸村は悪くない、ということを伝えようとしたのだが、そんなものにあまり意味はない。本人の耳に入ってしまったことが問題なのだ。
いつもの仁王らしくない言い回しだが、彼は少なからず緊張していた。気を取り直して再び口を開く。

「全部、聞いたぜよ」
「そう。だったら分かるでしょ」
「分からんな」
「っ…だから、私はもうすぐ婚約するし、この家を継ぐんだから…!」
「それがどうした?」
「だから……恨んでって…忘れてって……言ったのに!」

顔を見てしまうと、抑え切れない想いが溢れてしまいそうで、彩音はずっと背を向けたまま仁王を見ない。
泣きそうなのを堪えながら、本当は一緒にいたいのだと叫びそうになるのを堪えながら、彩音は気丈に振る舞おうとしている。
ここまできて意地を張り、どこまでも自分を遠ざけようとする頑固な彩音に、どんどん愛おしさが溢れてくる。
幸村から聞いているのならば、本当の気持ちを知られているのも分かっている筈なのに。

「私は仁王くんのことなんてもう好きじゃない!」

言いながらも胸が痛い。好きじゃないと言う程に、離れる程に、どんどん好きなんだと実感している癖に。

「嘘つき」
「嘘じゃない。私のことは忘れて」
「忘れられる訳なか!!」
「っ!!」

突然声を荒げた仁王に、彩音の肩がビクリと揺れた。仁王が足を進めるのをガラス越しに見てハッとする。
少しすると、直ぐ後ろに仁王の気配を感じて、彩音は身を固くした。

「自分の為とか言いながら、俺の未来の為だったり」
「っ…」
「俺のこと嫌いとか言いながら、こんな苦しそうな顔しとる彩音を」
「仁王、く…」
「忘れられる訳なかろ」

ふわり、と。彩音の体に仁王の腕が回された。

「捕まえたぜよ」
「仁王く」
「雅治」
「っ……でもダメだよ…私の背負うものはすごく重いから…!」
「そんなに重いなら、俺にも持たせてくれ」
「ダメ…雅治の道が」
「俺の道は、彩音の直ぐ横にある。俺は彩音がおればそれでええんよ」

ギュッと、回した腕に力を篭めると、そっと彩音の手が添えられた。

「ホントに、大変だよ…?」
「構わん」
「勉強しなきゃいけないし…」
「問題なか」
「皆の説得とか…」
「彩音。もう言わんでよか。それよりこっち向きんしゃい」
「まさっ…あ…」

返事を聞く前に、仁王は彩音を反転させた。
涙でボロボロの顔を拭って、両手で頬を包みこつんと額を合わせる。

「彩音」
「…まさ、はる…雅治…っ」
「彩音」
「ごめ…ごめんなさい…」
「違うじゃろ?」

優しい眼差しが彩音をじっと見つめる。
彩音は、再び溢れた涙で潤んだ瞳を、それにしっかりと合わせて。

「すき…雅治、だいすき…っ」

彩音が言葉を紡いだ瞬間、二人の唇は重なった。



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