今日も変わらず地球は回る
真実
彩音の去った後の柳は、ほんの少し頬が染まっていた。
あんな風に真っ直ぐに想いを告げられるとは、思ってもいなかったのだ。
きっと、はぐらかすのだろうと。
「あの仁王が惚れるのも分かるな…」
フッと笑んで、柳は氷帝を後にした。
「…言っちゃった…!」
コートに戻った彩音が、激しく後悔しているとも知らず。
柳が立海に戻った頃、ちょうど部活も終わったようで、コートには誰もいなかった。部室に入るといつものメンバーだけが残っていて、自分を待っていたのだな、と直ぐに察した。
「お帰り、柳」
「ああ」
「蓬莱さんからお話は聞けましたか?」
柳生の問いに、仁王が肩を揺らした。それを見遣って柳は首を横に振る。
「…いや。蓬莱からは何も聞けなかった」
「そっか…」
「ただ、自分からは言えないと……つまり、他の人に聞け、という意味だろう」
「他の人?」
丸井が分からないという顔で柳を見ると、彼は頷いて幸村を見た。
「精市…お前は全て知っているんだろう?」
確信を持った視線に、幸村は苦笑して頷いた。
「まあ、ね」
「教えてくれないか」
「嫌だね。俺は彩音との約束を違えることはしない。……けど、そうだな…これは俺の独り言だから」
柳の言葉に拒否の意を示した幸村だが、続けて言い重ねるとニコッと笑った。
「独り言、な」
「宣言して話す人なんていませんよね」
柳と柳生がクスリと笑うのに笑みを浮かべ、それからすっと表情を引き締めると、幸村は話し始めた。
「……彩音は仁王と付き合う時にある覚悟を決めていた」
「覚悟?」
「…仁王と別れる覚悟。彩音には昔から婚約者がいた。修学旅行で会った彼だよ。一応大学入学までは発表しないから、それまでは互いに自由だったんだって。どうせ彼と一緒になるんだから、好きな人は作らないって決めてたんだ、彩音は」
自分達の周りでは有り得ない話に、皆、言葉を失う。
「だから仁王にも期限付きの付き合いだと言った。けど、冬休みにイタリアに行った時に、婚約の発表を早めることになったんだって。その理由は蓬莱家の事情みたいだから聞いてないけど、多分、保険みたいな感じじゃないかな。彩音がグループをちゃんと継ぐためのね。……仁王と別れたのはそれが理由。仁王の将来を、進むべき道を守るために、何も言わずに消えたんだよ」
自分の知ることを、幸村は独り言という言葉に乗せて全て晒した。
誰も何も言わない、言えない。
彩音の背負うものの大きさと、仁王を想うその心に。
「……馬鹿か」
苦々しい顔で、仁王が呟いた。
「先に話してたら、それでも仁王は彩音と一緒にいることを選んだ?」
「当たり前じゃろ」
さらりと言う仁王に、敵わないな、と内心思いつつ、幸村は彼を見る。
「彩音はそれを恐れた。自分のせいでこの先にあるはずの仁王の未来を捩曲げてしまうのは嫌だとね」
「ハッ…未来なんざ、自分で決めるぜよ。彩音と一緒におることを決めるんも俺自身じゃ。その未来に後悔はない。彩音がおれば何でもええんじゃよ、俺は」
「……惚れてるねぇ」
「あんないい女、二人とおらんぜよ」
周りが赤面するほどの台詞に、幸村は苦笑する。同時に、彩音を好きになったのが仁王で良かったとも思う。
「それは俺だって知ってるよ」
「やらんぜよ?」
「奪っちゃおうかなー?」
「それは無理だな、精市」
仁王と幸村のやり取りに柳が口を挟んだ。
二人してポカンと見てくる顔に少々、笑いが込み上がってしまう。
「仁王のことはもう好きではないのか、と蓬莱に聞いたらな」
目を見開く仁王の次の反応が楽しみになる。
「『愛しています……いつまでも』と言っていた。……俺も惚れてしまいそうな顔でな」
「…最後のは余計ぜよ」
ジトリと睨む仁王に両手を上げて柳は笑った。そんな真っ赤な顔では詐欺師も形無しだな、と付け加えて。
「で、どーすんだよぃ?」
「決まっちょる」
ニヤリと笑んで丸井が尋ねる。
いつもの不敵な笑みを取り戻した仁王が幸村を見て言う。
「彩音の家、教えてくれ」
「俺も行くよ。仁王が行っても取り合って貰えないだろうから」
「頼む」
頑張れよー、という丸井や桑原の声を背に、仁王と幸村は部室を出た。
空はもう藍色のカーテンを引いたように染まっていた。街を行き交う人波を抜けながら、仁王はただひたすらに彩音を想っていた。
(100129)
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