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今日も変わらず地球は回る
偵察の名の下に



大会会場を後にし電車に乗るまで、誰も言葉を発せずにいた。
彩音が突然消えて戸惑っているのは、何も仁王だけではなかった。
仁王の横に彩音がいることも、マネージャーとしてコートにいた姿も、どれも自然で、仲間だと思っていたのに。

「何で氷帝なんだよぃ」
「跡部がいるからだろう。二人は幼馴染みだし、跡部なら入試の手配をするなど訳無い筈だ」

丸井の呟きを拾って、柳が冷静に分析する。
仁王はただそれを、黙って聞いている。

「3学期に入った時にはもう決めていたと考えていいだろうな」
「そんなに前からですか!?」
「おそらく。……仁王、お前はどうするんだ?」
「……あ?」

彼らのやり取りをぼんやり聞いていた仁王が、気怠そうに視線を遣る。読めない表情だ。

「…別に、どうもせんよ。……そりゃあの、理由くらい知りたいとは思うが、彩音は結構頑固じゃし、跡部が話すとも思えんしのう」

自嘲気味に笑んだ仁王を一瞥し、柳はそうか、と一言だけ返した。それから少し考える素振りを見せて口を開く。

「では、俺が氷帝に行こう」
「…は?」
「偵察にな」
「……」

柳が行ったところで彩音が話すとは思えない。しかし、柳を含め、かなりの影響を与えているだけに、放っておけないのも事実である。
仁王は柳に反論もせず、窓の外を見つめた。

「精市」
「うん、いいよ。明日は氷帝に行ってきて」
「ああ」

幸村に確認を取り頷くと、それ以上は彩音のことに触れる者はいなかった。

そして翌日、柳は氷帝学園に足を踏み入れた。練習試合で何度か訪れたことはあるが、相変わらず広い。かつ、金持ち学園の異名を持つのも頷ける施設の数々。
柳は迷うことなくテニスコートに辿り着いた。辺りにはこそこそと様子を伺う他校生。観覧席は半数以上が高・中等部の女生徒で溢れ、黄色い歓声が飛び交っている。ちらっと見たが、そこに彩音はおらず、柳は部室の方へと向かった。

近づくと、不意に部室のドアが開き、そこから荷物を抱えた彩音と蓮華が出て来た。
柳に気付いた二人が足を止め、彩音は驚きで一瞬目を見開き、苦笑した。

「柳くん、偵察?……じゃ、ないよね…」
「分かっているなら話は早いな」

昨日の今日だ、分からない筈がない。彩音は蓮華を先に行かせ、荷物を下ろした。それを見て、柳が口を開いた。

「仁王と別れた理由を聞いてもいいか?」
「いきなりだね…プライベートの侵害だよ」

回りくどい聞き方をしても仕方がないと思い、直球で尋ねてみたが、彩音は苦笑して触れようとはしない。むしろ触れたくはなさそうだ。それは当たり前なのかもしれないが、と柳は思うが、そう簡単に引くわけにもいかない。

「まぁ、確かにそうだな。しかしこちらには聞く権利はあるはずだ」
「…私からは何も言えないよ」

何を聞いても無駄だ、と言わんばかりに、彩音は下ろした荷物を再び抱えた。

「偵察ならご自由にどうぞ。これくらいで氷帝の全ては分からないでしょうけど」
「……。蓬莱からは言えない、ということは、他の人間から聞くのは構わないのか?」
「……」

日本語というのは厄介だ、と彩音は思った。しかし、敢えて否定することなく眉を寄せながらも足を進めようとしたが、柳の声がそれを止めた。

「最後に一つだけ聞きたい。仁王のことはもう好きではないのか?」
「……」

少し逡巡した後振り向いた彩音は、真っ直ぐ柳を見つめた。驚く程透き通ったエメラルドグリーンの真っ直ぐな瞳に、思わずドキリとさせられる。

「愛しています……いつまでも」

儚げに、切なげに、けれど綺麗に微笑み、彩音は告げた。
柳に……柳の向こうに重ねた、仁王に向けて。



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