[携帯モード] [URL送信]

今日も変わらず地球は回る
:2



車は彩音の望み通り、動物園に到着。三人が車を降りると、途端に視線を集めた。家族連れもカップルも、果ては従業員までも。すっかりお馴染みとも言えるが、そんなものは気にも留めず、跡部とジュリオがすっと腕を差し出す。それをポカンと見てから、彩音はクスッと笑って自分の腕を添えた。

「両手に華で優越感」

華ってなんだよ華って、と跡部が苦笑し、それは光栄だ、とジュリオが微笑む。こうやって三人で出掛けるのは初めてではなかったが、それはずっと子供の時の話だ。
時が経ち、あれから三人とも大きくなったが、跡部とジュリオが彩音を想う気持ちは変わりない。いや、ジュリオは多少変わったが。

「象大きいー」
「当たり前だろ」
「キリン背高ーい」
「そりゃまあキリンだし」

可愛い、を連呼しながら動物を見ていく彩音を見下ろしてから、二人は顔を合わせてフッと笑った。

しばらく動物を見て回り、ベンチに座って彩音はソフトクリームを食べながら休憩していた。空は青く澄んで、まさに梅雨の中休みといった天気。仁王と別れてからの彩音に訪れた、久しぶりの穏やかさのようでもあった。

「動物園なんていつぶりかな」
「俺もだ」
「私もー」

三人とも、家柄のせいかこういった場所には来ることがほとんどない。
三人が言う『動物園』も、こんな小さい檻に入った動物を見るのではなく、サファリパークや広大なアフリカの自然の保護地区レベルのものだ。
日本てのは狭いな、と改めて思いつつ、跡部は周りを見渡した。
そのうち彩音もクリームを食べ終わり、二人をベンチに残して目の前の檻に向かった。
檻には可愛い小動物が動き回っていて、あちこち行き来するのを顔を動かして追っている。そんな彩音の後ろ姿を見つめながら口を開いたのはジュリオだった。

『彩音の笑顔は可愛いね』
『当たり前だろ』

言ってフッと微笑む跡部に軽く視線を遣り、再び彩音へと戻す。

『僕は彩音が好きだから、幸せにしたい。いや、幸せにする』
『……ああ』

ジュリオは跡部から見ても彩音と釣り合うに相応しいと思う。彼女を愛しているという点でも、どこかの馬の骨にやるよりはよっぽどマシだ。

『……頼む』

誘拐、裏切り、好奇の視線…小さい頃に受けた傷は深く彩音を蝕んでいた。少しずつ少しずつ、跡部達やジュリオがそれを取り除こうとしてきて、大分癒えたとは言えどもまだ完全ではなく。素顔で他人の視線にも平気になるまでになったのは仁王のおかげだろう。跡部にはこれ以上のことは出来ない。側で見守るくらいしか。何かが動くと思ってマネージャーにしたものの…。後はジュリオに託すしかないのだろう、と。

『分かってるよ』

ジュリオは、彩音を愛おしげに見つめて頷いた。



動物園に行きたいと言ったのは、冗談も少し入っていた。サファリ規模の所が基本の二人が、都会の動物園に連れて来てくれるなどとは思ってもおらず、本当に自分は愛されている、と彩音は自惚れでなく思う。
目の前の檻の中ではレッサーパンダが忙しなく動き回り、愛らしい姿を見せている。クスッと笑って見ていると、レッサーパンダはひょこっと立ち上がった。

「わ、立った!可愛い〜!ねぇ見て、ま……」

そう振り向きかけて、ハッとした。

「私、何言って…」

一瞬だけ、あの雰囲気と錯覚してしまった。今日の天気が穏やかすぎるせいだ。
彩音は手摺りを握る手に少しだけ力を込めて、一度目を伏せるとパッと顔を上げた。

「ねぇ!そろそろ行こっか」
「もういいのか?」
「うん。ね、お腹空かない?」
「んー、そうだなぁ」
「じゃあ次は景吾くんオススメの美味しいご飯ね!」

些細な彩音の変化には気付かないフリをして、跡部は微笑み彼女に腕を差し出した。



跡部オススメの美味しいご飯は、文句の付けようがなかった。
それも当然だ。
何せそこは跡部グループ経営のレストランで、予約は現在3ヶ月待ちのテレビや雑誌でも話題の店で。突然行ったにもかかわらず、お店の対応も料理も素晴らしいものだった。ジュリオも感心するほどに。

その後東京タワーからの夜景を楽しんで、跡部を送り、今は自宅に帰る車の中である。

『楽しかった?』
『うん!動物可愛かったし、ご飯も美味しかったし』
『そうか、良かった』

笑う彩音にジュリオも微笑み、キュッと手を握る。
ふっと俯いてしまった彩音の頬をなぞり、顎に指を掛ける。ジュリオの顔が近付いて、呼吸が触れ合う寸前。

『…だめ…』
『彩音…』
『まだ、だめ…』
『…ごめん。何故かな…少し急いてた』

ふるふると首を振って『ごめん』と呟いた彩音の額でリップ音がして、ジュリオが離れた。
家に着くまで車内には沈黙が漂っていたが、ジュリオは彩音の手を離すことはなかった。



(100125)

[*←][→#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!