今日も変わらず地球は回る 宣告の日 卒業してから、彩音と仁王はよく会っていた。ただ、仁王は高校でもテニス部に入ることが決まっていた為、彼らは早々に高校の部活に参加していたので毎日とまではいかなかったが。 毎回、会って別れてマンションに帰ると、彩音は少しずつ部屋の荷物を片付けていった。 そう。彩音は立海の高校には進学しないことを決めていた。既に別の高校に入る手続きは済んでいる。 年明け、イタリアから帰国した彩音が跡部に頼んだことは、このこと――氷帝学園への入学手続き――だった。 逃げている、と言われるだろうが構わない。仁王と別れることを決めた瞬間、そのまま同じ高校へ行くことを拒んだ。とてもじゃないが、顔を合わせることなど出来ないから。 人に裏切られる辛さを知る彩音だから、この裏切りを許されようとは思っていない。 一生罪を背負うつもりだ。 そして一生仁王を想うのだろう。 「雅治は知らなくていい。私のエゴに巻き込めないから……」 その時は刻一刻と近付いていた。 4月1日を選ばなかったのは、嘘ではないことをハッキリさせておくため。 すっかり片付いた部屋のドアを閉め、彩音は時計を確認する。 あと15分。 気持ちを落ち着かせる前に駅に着いてしまうが、もうそれは無駄だと諦めた。 あと10分。 行き交う人波を眺めて、向こうからやってくる、いつも自分を見つけると破顔する仁王を想う。 あと5分。 「彩音!」 「っ!」 人波の向こうから、学校では絶対に見られない貴重な仁王の笑顔が見えた。 涙が出そうになるのを堪えて彩音も笑顔で迎えた。 「待ったか?」 「ううん」 「で、どこ行くん?」 「えっと…」 着いたのは、仁王と初めて来た海の見える公園。 あの日と同じように、沢山のカップルや家族、観光客がいた。 春の心地良い風の中を、二人は手を繋いで歩く。時折、風が悪戯にスカートの裾を軽く揺らして遊んでいく。 ここに着いてからずっと黙ったままの彩音を流石に不思議に思い、声を掛けようとした仁王より先に彼女が口を開いた。 「仁王君」 「……彩音?」 仁王の胸がざわつく。立ち止まり、静かに顔を上げた彩音の表情に、ドクンと大きく心臓が跳ねる。嫌な予感に冷たい汗が流れるのを感じた。 「後夜祭の日のことを覚えてますか?」 「……」 覚えているもなにも、仁王はその日のことを今朝方夢に見たのだ。 海原祭の後夜祭、教室で告白してキスを交わしたその後のことを。 重ね合った唇が離れ、仁王はじっと彩音を見つめる。恥ずかしそうに頬を染めた彼女がニコッと微笑んだ。 『俺と付き合ってくれんか?』 その瞬間、彩音の表情が少し曇った。 『俺はお前さんと一緒におりたいんじゃ』 『……それは、私も』 『なら』 『……期限つきなら』 『期限?』 『そう。いつか私達の間に別れが来るその日まで』 仁王には彩音の言う意味が分からなかった。首を傾げる仁王に、彼女は言い重ねた。 『どちらから別れを切り出すか、どんな形で別れるかは分からないけど、人にはいつか別れる時が来る……それはきっと私達にも。その時、互いに前を向き、ちゃんと進むなら。私のことを忘れることが出来るなら、その覚悟があるなら…』 『よく分からんが、別れる時は後腐れなくしたいってことか?』 そう言う仁王に苦笑して、彩音は似たようなものかな、と呟いた。 仁王は彼女を抱きしめて、構わんよ、別れられんようになるくらい好きにさせるき、と囁いた。 切なげに顔を歪める彼女には気付かずに。 朝起きて、何故あんな夢を、と心なしか不安に駆られながら、仁王は家を出て来たのだった。 「……で、期限てのが今日ってことか?」 「…そう」 「理由は?何の理由もなしに別れるんはないんじゃろ?」 「……言えない」 「は?そんなん納得出来るわけなかろ」 「それでも。私には別れる理由がある。……今までありがとう。貴方がいたから、私はこれからも進んで行くことが出来る。好きなだけ私を恨んで、恨んで…そして忘れて下さい」 「彩音」 「仁王君、さようなら」 綺麗な別れなどあるものか。仁王が前に進めるように、自分が枷にならないように。恨まれても憎まれてもいいから。 しかし、彩音が最後に見せた微笑みは、残酷な程に綺麗だった。 そして彩音は仁王の前から姿を消した。 (100120) [*←][→#] [戻る] |