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今日も変わらず地球は回る
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恋人達の冬の甘いイベント、バレンタインやホワイトデー。
彩音と仁王も例に漏れず、甘い時間を過ごした。
最初で最後とも言える、好きな人と過ごす日々を、大切に、胸に刻み込むように過ごしていった。

そして、時が経つのはあまりにも早く、彩音達は卒業式を迎えた。

式が終わり、校門付近は卒業生と在校生とが入り混じり、別れを惜しむ姿があちこちで見られる。
流石の仁王達も今日はその中に埋まってしまい、しばらくは抜けられそうにないようだ。
彩音の姿はその中には見られず、彼女は一人でテニスコートに来ていた。
ゆっくりとコートを1周し、見渡す。
たった数ヶ月しか務めなかったマネージャーだったが、充実した日々だった。目を閉じれば、行き交うボールの音や部員達の掛け声、真田の怒鳴り声まで聞こえてくる。

彩音は部室に移動して、机に手を乗せた。

彼女はいつも部員の着替えが終わってから、部日誌の仕上げを書いていた。そういえば、夏の合宿を境になんだかんだで最後は全員で帰るようになっていたことに今更だが気付いた。その時々で先に帰る者もいたが、それでも一人で帰ることはなくなった。引退してからは、桜達との寄り道も沢山あった。

「楽しかったなぁ」

クスッと笑って、入口で反転すると、彩音は深く頭を下げた。

「ありがとう…」

もうこの部室に足を踏み入れることはないから、精一杯の気持ちを込めて礼をした。



部室を出た彩音の目の前には、仁王がいた。

「やっぱりここか」
「よく分かったねぇ」
「卒業やからの」

ニコッと笑った仁王が彩音の手を取り引いた。それって関係ある?と呟く彼女をふわりと包み込み、関係ないぜよ?と言ってのける。
仲間達は、解放されないのか気を遣っているのか来ていない。それ幸いとばかりに唇を重ねた。

「好き。大好き」
「俺も好いとうよ」

この温もりともあと少しでお別れ。
そう思うと、彩音は鼻の奥がツンとするのを感じた。覚悟はずっと持っている筈なのに、いざ目の前に迫ってくると『やっぱり…』と躊躇しそうになる。けれど。
仁王の胸に顔を押し当てぐっと堪えると、パッと顔を上げた彩音はふわりと微笑んだ。
本当に大好き、と。

愛しくて大好きで自分を惹きつけてやまない、けれどどこか眩しい笑顔。仁王は彩音を思いきり抱きしめた。
一瞬だけ彼女に感じた違和感を拭うように。それ以上に彼女が愛しくて。

「雅治…」

彩音もその抱擁にしっかりと応えた。

「……あのさ、いちゃつくのはいいんだけどよ…」

そんな二人に、遠慮がちに掛けられた声。
いつもならここでビシリと言い放つ幸村ではなく、声の主は桑原だった。まるで罰ゲームかのような仕打ちだ、と彼が思っていたのは言うまでもなく。顔を向けた二人は、泣きそうな顔の桑原を見て吹き出した。

「幸村は?」
「もう少し掛かりそう。とりあえず呼んでこいって言われた」

はぁー、と溜め息を吐く桑原は、さぞかし声を掛けにくかったであろう。
三人は今だ賑やかな校門付近まで戻って来た。丸井の両手には手作りだろうお菓子がぎっしり詰まった引き出物用の紙袋がぶら下がり、女の子達の最後の一押しがいかに凄まじかったかを物語っている。ブレザーにもかかわらず、ボタンは全てなくなっていた。それは他の者達も変わらず、それでも流石に幸村と柳だけはさほど乱れた様子はない。

二人を待っていたかのように揃っていたおかげで、今は円を描くように女の子達は少し引いて彼らを囲んでいた。団体になると近寄り難くなるらしい。

「来た来たー、仁王先輩達どこ行ってたんスかぁ?」
「お別れ、してきたの?」
「うん」

普通に質問する切原とは違い、確認するように問う幸村。それを聞いて切原は何に、とは聞かなかった。

「なに水臭いこと言ってんですか。いつでも来て下さいよ!」
「切原くん」
「言われなくても、赤也がちゃーんと部長やってるかどうか見に行ってあげるよ」

ニッコリ笑って言う幸村に、切原はうっと声を詰まらせ青ざめる。ぷっと吹き出した幸村と同時に他の者達も笑い出し、切原が「ちゃんとやってるじゃないスか!」と反撃するも、やはり柳に一刀両断され撃沈。そしてまた皆が笑う。最後に柳生が「まあまあ、切原君もよく頑張ってますよ」と助け船を出した。

この風景とも、さよならしなければならないのに。
彩音の胸が痛む。でもそれを悟らせてはいけない。

「ありがとう…」

彩音の小さい呟きを聞き留めたのは幸村で、彼が視線を遣ったのにつられて彼女を見た仁王達は、一瞬固まった。
ポロっと一粒零れた、涙を見て。
零れた涙は一粒だったが、それがあまりにも綺麗だったから。

「私、テニス部のマネージャーできて本当によかった。ありがとう」

そう言った笑顔に見惚れたのは幸村達だけでなく、そこにいた他の生徒達もで、その瞬間は辺りが静まり返った。
テニス部のファンの女子達が、彼女には敵わないと思った程に。

「こっちこそ、ありがとう。短い間だったけど、彩音がマネージャーでよかった」
「俺、今年は絶対優勝してみせますから!」
「俺達も高校で優勝する」

幸村や切原、真田の言葉に彩音は頷いた。
彼らの活躍を祈りながら。



(100119)

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あきゅろす。
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