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今日も変わらず地球は回る
図書委員の女


…不思議な女じゃのぅ。



《図書委員の女》



始業式の日、うっかり寝ていたばかりに図書委員なんてものになってしまった。一緒の委員の女は蓬莱というヤツらしい。真面目そうな女に見える。眼鏡(しかも柳生みたいに逆光する)に三つ編みで、今時なかなか見んから逆に笑えた。

当番の日、面倒で行かんかった。行かんでも他に何人もおるわけじゃし。朝、蓬莱が委員会があることを確認してきたが、無視して。
柳生がその辺の所をきちんと突いて来たが、それも無視しておいた。呆れて溜め息を吐いていたが。

次の当番もサボった。すると、蓬莱が人のいないところを見計らって声を掛けてきた。

告白…なわけないか。俺と話すのを見られるのが嫌なんじゃろ。ま、俺はモテるからの。

しかし…何というかまぁ……なんと蓬莱は真田を持ち出してきた。何故真田?いや、確かに副部長なんじゃが。さすがに真田にチクられるのは勘弁じゃ。アイツなら必ず委員を優先させるに決まっとる。「たるんどる!」とか言うてな。
俺は仕方なく委員に出ることにした。

蓬莱は一人で仕事をしていた。他のヤツが来なくても、俺が何もしなくても。ただ黙々と仕事をこなしていた。
運んでおいてくれと言われた、蓬莱が持っていたのと同じくらいの本を抱えたら意外と重くて、そこで初めて蓬莱に悪いことをしたな、と思った。

大体の女はいつも身なりを気にして小綺麗にしていて、俺達テニス部のレギュラーと話す時は顔を赤くしていて。
蓬莱のように面と向かって無表情に話すヤツは初めてだった。しかも、どうも俺と関わるのを避けようとしている節もある。

「不思議な女じゃ」

俺は部活に向かう間、込み上がる笑みを抑えられなかった。

「仁王、貴様今頃来たのか!遅い!たるんどるぞ!!」
「あー、悪い悪い。委員会があっての」
「委員会だと?」
「そうじゃ、図書委員。悪いが第2と第4の木曜日は委員じゃき、ちと遅れるからよろしくな」
「…なるほど、それならば仕方ないな。さっさと練習に入れ」
「すまんのう」

真田の説教を運良く避けて練習に加わった俺に、丸井が怪訝な顔をした。まるで変な物でも見たかのような、そんな顔。

「お前が真面目に委員会って、明日は雨だろぃ!つか、何ニヤニヤしてんだよ…気持ち悪いぞ」
「まぁ、気にすんな」
「…変なヤツ」

普段、表情を顔に出すことがない俺だが、今日はどうも無理らしい。この感覚は、自分でもよく解らない。



練習が終わって部室で寛いでいる時、部室内がレギュラーだけになったところで真田が「皆に話がある」と口を開いた。

「もうすぐ神奈川県大会だ。全国3連覇を目指す我々には県大会や関東大会などただの通り道だが、これから練習量も増やす事になる…そこで、幸村とも相談したんだが…」

そこで真田は一旦言葉を切って、少し言い難そうにしていた。

「で、なんじゃ?」
「……マネージャーを取る必要があるのではないか、とな…」

「ほぅ…」
「え!マネージャーっスか!?俺、美人がいいっス!!」
「そりゃまた…」
「だが、大丈夫なのか?」
「そうですね。ちゃんと仕事の出来る方でないと。前のようになっては困りますから」

俺達が1年の時にもマネージャーを取るという話が出たが、結局白紙になったことがある。
レギュラー目当ての不純な動機で来た女ばかりで、使えるヤツがいなかったからだ。

「…そういう話がある、とだけ言っておく。まだマネージャーを取るとは決まっていないからな。この事は他言無用…特に赤也!わかっているな?」
「もちろんっスよー」

マネージャーねぇ…レギュラー目当てじゃないヤツなんか、そうそう見つかるわけなかね。



翌日、教室に入ると、突然女子どもの質問責めに遭った。

「仁王くん!テニス部、マネージャー取るって本当!?」
「は?(昨日の今日だろ!)」
「え、違うの?切原くんが言ってたけど…」
「あー…赤也ね…(あの馬鹿が)や、俺は知らんよ?ただの噂じゃなか?」
「そうなんだ。残念だなぁ〜」

何が残念じゃ…あんたみたいなヤツはマネージャーにはなれんっての。どうせなっても3日と保たんな。マネージャーの仕事がどれだけ大変かわかっちょらん。

ようやく席に着いて教室を見回すと、廊下側一番後ろの席に蓬莱がいた。俺の席、窓際一番後ろとは逆の位置。
相変わらずの逆光眼鏡におさげ。昨日の蓬莱を見てなければ気にも止めんだじゃろうな。

その蓬莱に話し掛けた2人の生徒は、隣のクラスの図書委員。委員に行かなかった事を謝る2人に「気にしないで」とでも言っている様子。2人が帰ると、蓬莱が俺のところへ来た。

「仁王君」
「なんじゃ?」
「…わざわざ言ってくれたんですか?」
「何のことじゃ?」

しらばっくれる俺に呆れたのか、小さく溜め息を吐いた後、口元に笑みを浮かべた。
…笑うこともできるんじゃな、と心の隅で思った。

「…ありがとうございます」

一言告げて、蓬莱は席に戻った――いや、戻ろうとしたのを俺が引き止めた。その腕を引いて。途端に表情を硬くして、蓬莱は眉根を寄せた。

「…何のつもりですか?」
「別に?」
「なら、放して下さい」
「嫌じゃな」
「……」

あからさまにムッとして俺を睨む蓬莱の顔に自分の顔を近付ける。
その距離わずか20cmというところだが、蓬莱は変わらず睨んでくる。

「用がないのでしたら放してください」
「……」

フッと笑んで手を放してやると、蓬莱はもう一度俺を睨んで席に戻って行った。
一部始終を見ていたクラスメートがひそひそ話していた。

「どうかしたのですか、仁王君?」
「いや、何でもなか…まこと面白いヤツじゃの」

ククッと笑う俺に呆れてか、柳生は何も聞かなかった。多分、いつもの気まぐれだとでも思っているんだろう。



放課後、練習の休憩中に蓬莱を見つけた。フェンスに群がるギャラリーの向こう側、何かに反応して鞄を探って取り出したのは携帯電話。話し出して少しすると、パッと口許を綻ばせた。

「…スキップしとる…プッ」

正直、あの姿でスキップは似合わん…。笑いを抑えられず声に出すと、目敏く柳が後ろにいた。

「彼女は…蓬莱彩音だな」
「うわ!柳か…気配なく立たんでくれ」
「あぁ、すまない。…ところで、彼女がどうかしたのか?」
「別に、何でもなかよ。柳は蓬莱を知っとるんか?」
「優等生だからな。入学以来学年3位以内をキープしているとデータにある」
「ほぅ、それはスゴいの…というか、お前さんのデータはテニス以外の事も載っとるんか?」
「まぁな…どうやら、嬉しいことでもあったようだな」
「そうらしいの」

スキップで行く蓬莱を見ていると、俺の中にある考えが浮かんだ。
真田に近寄り、小さく声を掛けた。

「のぅ真田、マネージャーの件、俺に宛てがあるんじゃが」



(仁王君、優しいけどセクハラ?の巻。話によって視点がいろいろ変わります)

(06・10・20)


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あきゅろす。
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