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今日も変わらず地球は回る
闇に射し込んだ光



《闇に射し込んだ光》



球技大会以来、彩音は桜達と昼食を摂るようになっていた。
教室移動も一緒に行くようになり、最初は戸惑いながらだったが、次の日、思い切って前に思ったことを聞いてみた。

「あの、どうして私を誘ったりしたんですか?」

4人はキョトンとして質問の意味を計りかねていたが、桜が当たり前とばかりに言った。

「だってあたしたち蓬莱さんと友達になりたいんだもん」
「……」
「あ……迷惑だった?」

申し訳なさそうに言う紅葉に、彩音は首を振って否定した。

「いえ……嬉しいです」

そう言って微笑んだ彩音を見て、4人は僅かに頬を染めた。

「蓬莱さん全然地味じゃないよ…」
「すごい癒し系〜」
「だ、抱き着いていい!?」
「海里、怪しいからやめさない」

そんな4人の反応に、彩音は再び笑った。
過去の悲しみが溶けて消えていくように、彩音の心の扉が開き始めていた。



「それにしても今日は嫌な空ね」

窓の外を眺めて言った雪奈に続いて4人も外を見た。
先日まで晴れが続いていたのが嘘のように、また梅雨空に逆戻り。今にも雨が降りそうに空はどんよりと厚い雲に覆われていた。

「雷鳴りそうじゃない?」
「う〜〜こわい〜〜」
「桑名さんは雷が嫌いなんですか?」
「あ、もう彩音!名前で呼んでって言ったじゃない!海里だよ!」
「ご、ごめんなさい…海里さん…」
「なんで『さん』付け!?呼び捨てでいいのに〜。それに敬語も直ってないし」
「それは、まだちょっと慣れなくて…」

慌てる彩音に海里は頬を膨らませて「早く直してね!」と念を押した。

数日前から4人は彩音を名前で呼んでいる。彩音にも名前で呼ぶように言ってはいるが、ずっとやってきたことを変えるのは結構大変だった。

「今日からテスト週間で部活休みだから良かったぁ〜」
「早く帰りたいね」

紅葉が彩音に話を振ると、彼女は苦笑して。

「私は図書委員ですから…」
「えー!?」
「なに、一緒に帰れないの!?今日こそ彩音とお茶できると思ってたのにー」
「すみません…」
「明日は一緒に帰るよ!!」
「は、はいっ」

海里の勢いに押されて思わず頷くと、彼女は途端に機嫌が直っていた。
「お茶して行こうね」と言う海里には、テスト前だということは頭にないらしい。
クスリと笑って彩音は再び窓の外を眺めた。
離れたところから彩音達を見ていた仁王は、彼女の視線を追うように外を見た。
雲がさらに厚くなったようだった。



テスト前は勉強をしに来る生徒が結構いる図書館も、今日のような天気の日には人も疎らだ。
閉館の時間が迫った頃、彩音は司書から書庫に戻すように頼まれた本を抱えた。

「私はこの本を戻してきます。時間になったら先に帰って下さって構いませんので」
「いいの?」
「はい。少しですし」
「じゃあ…ありがと」

彩音は書庫に入り電気を点け、本を片付け始めた。
書庫には窓がないため外の様子は分からないが、小さく雷鳴が鳴るのだけは聞こえていた。
数冊の本を戻したところで書庫の扉が開いた。

「蓬莱さん、先に帰るよ〜」
「あ、はい」
「蓬莱さんも早く帰ったほうがいいよ。じゃあね」

パタンと扉が閉められ、書庫は静寂に包まれた。先程よりも雷鳴が近くなった気がする。嫌な感じがした彩音は足早に奥の棚へと向かった。



「じゃあ先に帰るけど、仁王くんは?」
「もう少しおるぜよ」
「じゃあ、あとよろしくね」
「ああ」

誰もいなくなった図書館のカウンターで一人、仁王は返却されていた本を手に取りページをめくった。
彩音はまだ書庫の中にいる。閉館時間は過ぎたのに戻らないのを見ると、まだ本を片付け終えてはいないようだ。
手伝おうかと考えて書庫に足を向けた瞬間。

ドン!バリバリバリ…!

外が明るく光ったと同時に、頭の上を凄まじい雷鳴が轟いた。そして同時にバチンという音と共に辺りは真っ暗になった。



「っ!」

突然真っ暗になった書庫。
それが雷による停電だと理解するより早く、彩音の思考は闇に取り込まれていった。

暗闇、狭い場所、乱暴に引かれた手…

過去の恐怖が闇と共に甦り、彩音の身体は震え出した。
無意識に自分の身体を抱きしめて、ずるりと床に座り込んだ。



「停電?……そうじゃ、蓬莱は……?」

この暗闇が停電だと理解した仁王は、書庫の彩音が気に掛かった。
書庫には窓がないので停電になってしまうと本当に何も見えない。
急いで書庫の扉を開けたが、やはり真っ暗で何も見えない。

「蓬莱?」

声を掛けるが反応がない。ふとポケットから携帯を取り出し、その僅かな光で奥へと進む。

「蓬莱ー?」

一番奥の棚まで来たところでようやく人が座り込むのが見えた。

「なんじゃ、お前さん雷ダメなんか?」

軽い調子で声を掛けたのに彩音は微動だにしない。不審に思いつつ彩音の前にしゃがんだ仁王が肩に手を置くと、ビクリと身体が跳ねた。

「蓬莱?」
「っ!!いやあっ!!」
「な、おい蓬莱!」
「いやっ!」

突然取り乱した彩音に驚く仁王だったが、落ち着かせようと何度も名前を呼んだ。
しかし、パニックになっている彩音には聞こえていない。床に何かが落ちてカシャンと音を立てたが、2人共気付くはずはなく。

「やだっ…やめて…っ!」
「蓬莱!……蓬莱!!」
「っ!?……あ……」

一際大きく彩音の名前を呼んだ仁王は、彩音の身体を引き寄せぐっと抱きしめた。

「蓬莱、大丈夫か、俺が分かるか?」
「あ……仁王……君…?」

意識を取り戻した彩音はハッとして身体を離そうとした。

「ご…めんなさい…昔のことで、突然の暗闇が、苦手…で」
「……」
「あ、の、もう大丈夫ですから…」

けれど、仁王は抱きしめる腕を解こうとはしない。
身体を引いていた彩音が僅かに仁王に凭れ掛かろうとした瞬間、パチンと音がして書庫が明るくなった。

「電気、点きましたよ…」
「そうじゃな」
「ごめんなさい…ありがとう、ございま…」

身体を離し仁王を見た彩音は違和感を感じた。
自分を見る仁王が驚いた顔をしている。
ハッとして顔を触った彩音は、眼鏡がないことに気が付いた。
辺りを見回して眼鏡を見つけた彩音は慌てて取ろうとしたが、眼鏡は先に仁王に取られてしまった。

「お前さん…」
「っ…!!あ、返して…っ」

ひょいと上に上げられ取ることが出来ない。彩音が顔を逸らすと仁王が口を開いた。

「お前さん…幸村の病室で会った……」
「!!」
「あれは蓬莱じゃったんか」

声は冷たくはないが、否定出来ない確信しているという圧力を感じ、彩音は仁王に視線を合わせた。

「そうです…あれは、私です……幸村くん…精市くんとは幼なじみなんです。ただ、事情があって…お願いします、このことは皆には……」
「秘密にしてもええが、一つ条件がある」

仁王の表情がいつもの不遜なものになって彩音は眉を寄せたが。

「条件ですか…?」
「ああ。今この瞬間から、俺にも敬語はやめること」
「は?敬語、ですか…?」
「返事は?」
「わ…わかりまし」
「違う」
「う…わ、分かったわよ…」
「よし。ほら眼鏡」
「…ありがとう…」

眼鏡を返して貰った彩音は改めて自分達の状況を思い出し、慌てて立ち上がった。
仁王もクスリと笑いながら立ち上がり、2人は書庫を出て帰り支度をした。

「あ、あの、仁王君…?」
「なんじゃ?」
「いや、あの、手…」

図書館を閉め、歩き出した仁王は彩音の手を握っていた。
戸惑う彩音をどこか楽しそうに見て仁王は言った。

「手、まだ震えちょるよ」
「……」

返す言葉がない。彩音は振り払うことをせずそのままでいた。少なからず安心していたのは否めない。

そうして駅前まで来たところで、少し前から当たり始めていた雨足が強くなってきた。

「私、真っ直ぐだから……ありがとう」
「そうか、気ぃつけて帰りんしゃい」
「仁王君も」
「ああ、じゃ」

仁王は駅構内に入って行き、人ごみに消えたのを見て彩音も間近にあるマンションへと駆けた。



「仁王君、濡れなかったかな…」

マンションに着いた直後に土砂降りとなった雨を見ながら彩音は呟いた。

「はぁ……仁王君にバレちゃったな…」

けれど彩音は仁王の手の温かさを忘れられずにいた。



「あー…ずぶ濡れじゃ…」

駅を出て自宅まであと少しというところで突然雨足が増し、結局ずぶ濡れになって家に着いた仁王。
濡れた服を着替え、タオルで髪を拭きながら、彩音の事を考えていた。
素顔のことだとか、何故あんなにも取り乱したのかとか、いろいろなことが巡るものの、仁王はついさっきまで握っていた手を見つめた。

「柔らかくて、あったかかったのう…」

仁王もまた、その手の感触を忘れられずにいた。



これは、2人の感情が大きく動いていく、小さなきっかけ。
彩音の心の闇に、光が射した瞬間であった。





(08.10.15)

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あきゅろす。
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