今日も変わらず地球は回る
波乱の予感
《波乱の予感》
今日の立海大附属中は朝からにわかに騒がしい。
生徒達は皆体操着姿で妙に気合いが入っている。
何故なら今日は授業はなく、球技大会だからだ。
先日決めた通り、彩音はバスケに出ることになっている。
バスケは体育館で行われるので彩音はその移動の途中だ。
やたらと突き刺さる視線はやっぱりあの日の影響だろうか?と彩音はもう慣れたといった様子で歩いていた。
立海の球技大会は1学年のクラスが多い為試合も数が多い。当然1日では終わるはずがなく、2日掛けて行われる。
トーナメントは3学年全クラスを抽選で2つのブロックに分け、それぞれのブロックの優勝チームで戦い優勝が決まる。
1日目は各ブロックベスト4選出までが行われる。
9時になり、各競技が一斉に開始された。
彩音のバスケの試合は2試合目だ。先に行われている試合をぼーっと眺めていると、一緒に出るクラスメートの上野桜、桑名海里、名張紅葉、鳥羽雪奈の4人がやってきた。
「蓬莱さん、今日はよろしくね!」
「…よろしくお願いします…」
「ま、気楽にやろうよ」
「でも優勝したら食券貰えるんだよねぇ…」
「あー食券は欲しいかも!」
そう。生徒達の気合いが入っているのはそういう理由だ。
各種目の優勝チームには賞品として食堂の食券が贈呈されるのだ。
ただの球技大会を盛り上げるにはやはり賞品(エサ)が必要だと教師も分かっているわけだ。
「食券…欲しいですね…」
彩音が呟くと、彼女たちは目を丸くした。
「…何でしょう?」
「あ、ゴメン。なんか意外っていうか…」
「うん。蓬莱さんも普通の子なんだなぁと思って」
「……」
「こら海里!よし、じゃあ優勝目指そうね!」
「もちろんです。やるからには優勝ですよ。負けはありません」
「蓬莱さん真田くんみたい」
「……」
「もう紅葉まで!でも確かに…」
そして皆で笑い合う。
この間も感じた懐かしさに彩音はドキドキしていた。
初戦はあっさり勝利。彩音以外の4人は運動神経もあり普段から仲が良く、コンビネーションは抜群だった。
彩音はほとんど何もしていない。
「なーんか物足りないくらいだねー」
「さすが桜。バスケ上手いね〜」
「そう言う紅葉だって上手いよ」
「私から見れば皆さんお上手ですよ」
彩音の言葉に4人は顔を見合わせた。
「でもさ、蓬莱さんも相当運動神経いいよね」
「私がですか?」
驚く彩音に全員が頷く。
「だってすごい的確にパスくれるし」
「気が付けばノーマークだったりするし」
「それは単に存在が薄いだけでは…」
「ノンノン!そんなことない!この後もよろしくね」
4人がニコニコして彩音を見れば、ほんの少し頬を染めて頷いた。
すると海里が突然彩音に抱き着いた。
「やだ蓬莱さん可愛い〜!」
「わ!?な、何ですか!?」
「出た、海里の可愛いもの好き」
「この子、可愛いものには目がないの」
「洗礼だと思って受け入れることね」
固まる彩音に構わず3人は事もなげに言う。
彩音はただ苦笑するのみだった。
「さーて、しばらく暇だからどっか応援しに行かない?」
「いいね、行こう行こう!やっぱあそこでしょ?」
「……あそこ?」
「男子のバレーボール!テニス部のレギュラー全員バレーボールなんだって!」
「いい男は見とかなきゃね〜!」
「出た桜のいい男好き」
さっきのお返しとばかりに海里が言った。
「ようし、男子バレーボールの応援にレッツゴー!」
桜が彩音の腕に自分の腕を絡めて歩き始める。空いていた方の腕も海里にホールドされていた。
「え?ええ!?」
有無を言わさず連行中の後ろから紅葉と雪奈がクスクス笑いながらついてきた。
「キャー!切原くーん!!」
「丸井せんぱーい!!」
「仁王くーん!!」
部活中、いやそれ以上のギャラリーが2階観客席を取り囲んでいた。
彩音を引っ張りながら桜と海里が「ちょっとゴメンねー」と無理やり人垣を掻き分け前へ出る。
押し出された女子がむっとするのにも構わずで、その強引さに彩音も少々呆れ気味だ。
困ったように後ろを見れば「いつものことよ」とばかりに微笑む紅葉と雪奈がいた。
コートを見下ろすと、レギュラー全員が脇で集まって話しているのが見えた。
「さっすがだね〜、すごいギャラリー。それにしてもみんなカッコイイわ〜!」
2階席にも貼ってあったトーナメント表を見て彩音は少し驚いていた。
一緒に見ていた雪奈も「あらまあ」と目を丸くする。
「テニス部レギュラーのいるクラスはほとんど最後まで当たらないのね」
チームは見事にバラバラに配されており、レギュラー同士で戦うのは順当に勝てば各ブロック準決勝以降となっていた。
何か作為的なものを感じるなぁと彩音は内心思いつつ、再び視線をコートに落とした。
彼らは他のチームの試合を応援しに行く気はないらしく、先程と変わらず談笑している。
周りのギャラリーの歓声で何を話しているのか彩音は検討もつかないが。
しかし、ここで彩音のチームは全チームを敵に回すこととなる。
「おーい仁王くーん、柳生くーん、応援に来たよー!!」
桜が声を張り上げ叫んだ。
驚いたのは彩音で、案の定、ザッと音がするように女生徒の視線が5人に突き刺さる。
居心地悪い彩音をよそに、4人はまるで気にすることなく彼らを見下ろしている。
「(マイペースだなぁ…)」
彩音は思わず苦笑が零れた。
「ん?おー、サンキューの」
「おや、蓬莱さんも来て下さったんですね」
張りのある桜の声に2人は振り向いた。
他の者も2人につられてか彩音達を見遣った。
瞬間、周りのギャラリーは再び彼らに視線と黄色い声援を投げる。
真田が少しむっとしているようだが、切原や丸井はその歓声に応えている。
彩音は呆れ気味にそれを眺めていた。
「蓬莱ー、応援頼むぜよー」
「蓬莱せんぱーい!うちのクラスの応援もしてくださいっスよー」
「……は?」
「なんだよ赤也ズルイだろぃ!蓬莱、オレのとこもな!」
「あの…」
「2人とも、蓬莱さんは私たちのクラスなんですからそれは無理な話です」
「そうじゃよ。お前さん達は俺達がキッチリ潰してやるき、安心しんしゃい」
彩音が何かを言う前に柳生と仁王がピシャリと言い放ち、丸井、切原と睨み合いになった。
そのやり取りを見ていた桜達4人が彩音をじっと見つめる。
「やっぱり蓬莱さんてただ者じゃないわね」
「あの人達を手なずけるなんてそうそう出来ないわよ」
「手なずけるって…ペットみたいだよ」
「フフ…ペットというか野生動物よね」
「(ちょっと話ずれましたよ…いやいやペットやら野生動物ってオイ)」
思わず素になりそうな彩音を見ながら4人が勝手に話していると、コートでは切原のクラスを呼ぶ審判の声がした。
しかし聞こえているのかいないのか、今だ言い争うのを遮るように審判が再度声を掛ける。
「早くしてください」
「チッ…仁王先輩たち絶対潰す!つーか…」
「切原君」
「何スか!!」
まだ何かを言おうとしている切原を遮り、彩音のよく通る声が響いた。
瞬間、辺りはブリザードに包まれた。
「早く行きなさい。他の方々に迷惑です」
「っ!?はい!!(怖い!すげー怖い!)」
切原はそそくさとコートに入っていった。
その時別のコートからは彩音達のクラスを呼ぶ審判の声が。
「仁王くん頑張ってねー!」
「柳生くんもファイト!」
桜やギャラリーの声援を受けつつコートに入る仁王がふと立ち止まり、彩音に向かって言った。
「のう、蓬莱は応援してくれんのか?」
「は?……え、と…が、頑張って…下さい」
あまり大きくはない声で言ったが、満足そうに仁王はニッコリ笑った。
「おう、頑張るぜよ」
そうしてコートに入っていった。
「随分気に入られてるねぇ〜」
「仁王くんのあんな笑顔、滅多に見ないよね〜!」
ニヤニヤ笑う海里と桜。
「何を言って…」
「私もそう思うわ」
「それ以外ないでしょ!」
「ち、ちょっと…」
「「「キャー仁王くんカッコイイー!!」」」
コートでは試合が始まった。彩音の反論は歓声に掻き消され、小さく溜め息を零した。
仁王、柳生の二人は大活躍でギャラリーの歓声は一段と大きくなった。
だが、そんなギャラリーの心の中は。
「「「(3−B潰す!!)」」」
波乱の予感たっぷりの球技大会はまだまだ序盤。
(08.08.30)
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