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今日も変わらず地球は回る
偵察



《偵察》



「明日の部活は休みだ。俺と蓮二は東京都大会を見に行く予定だが……蓬莱、お前も行かないか?」
「え…」
「いや、もちろん予定があるなら構わないが…」

部活が終わり、帰ろうとしていた私は真田君に誘われた。
ちょっとびっくりした。マネージャーとして誘われているのは分かってるんだけど。

「いいですよ。予定はありませんので私も行かせていただきます」

もとよりそのつもりだったし。
立海の制服だからみんなに顔を見せられないのは残念な気もするけど、素で行って変に目立つのも嫌だなと思っていたからちょうどいい。

「そうか、では明日、駅前に集合だ」
「分かりました」



そして翌日。
駅前には真田君、柳君……だけじゃなく、何故か仁王君もいた。

「…仁王君も行くんですか?」
「俺が行くんはあかんのか?」
「いえ、そうではなく……あなたは他校の様子を気にする人のような気がしないので」

仁王君は少し驚いたような顔をして、意味ありげに笑った。

「……まああながち間違うてはないがの、そんなに興味がないということもなかよ」
「そうなんですか」
「ああ。ペテンに掛けるなら相手のことも知らんとな」
「…ああなるほど、確かにそうですね」

そうして私達は東京都大会の試合会場へと向かった。



試合会場は一種独特の雰囲気に包まれている。
私達が足を踏み入れると、真田君たちに一気に視線が集まるのを感じた。

さすが、王者立海。隣県だけに、彼らを知らない人は少ない。そこに存在するだけで、王者の風格が溢れている。
それだけではない。会場に応援に来ている女生徒らの視線ももちろん引き付けている。

私は一歩後ろでそんな空気を感じ取っていた。
彼らは周りの視線をものともせず、会場内を進みトーナメントボードを確認している。

その時、近くのコートがざわついた。
私がそっちに視線を送ると、真田君が言った。

「……氷帝−不動峰だな。見に行ってみるか」



騒然とするコート。
そこには膝を付き愕然とする氷帝の選手と、それを見下ろす不動峰の選手がいた。
スコアボードは不動峰の勝利を示していた。

「氷帝が負けたようじゃのう」
「そのようだ…あれはレギュラーの宍戸だな」
「ふん、たるんどるな」
「(亮くんが…負けた)」

信じられなかった。200人もの部員がいる氷帝テニス部のレギュラーである亮くんがまさか。
不動峰中学ってそんなに強いの…?
氷帝側の応援席に目をやると、蓮華が驚いた顔で立ち尽くすのが見えた。

「あの相手……もしかして九州2強の橘じゃないか…?東京にいたのか」

柳君が少し驚いたように呟いた。

「蓬莱、次に行くぞ」
「あ、は、はい…」

真田君の声にハッとして、私は3人の後を追った。



他の学校の試合を見て回る間、私は亮くんのことが頭から離れなかった。
亮くんに会いたいと思っても、今の私が掛けるべき言葉なんて何もない。
そう。立海のマネージャーである私では。

考え込む私を、仁王君が見つめていたことに私は気付いていなかった。



偵察を終えた私達は、精市くんのところに寄った。

「都大会はどうだった?」
「ああ、意外にも氷帝が負けていた。おそらくコンソレーションで上がって関東には出てくるだろうがな」
「そう。関東大会は面白いことになりそうだね」
「そうじゃのう…ま、俺達が優勝することに変わりはせんがな」
「当然だ」

私は病室の隅でぼーっと会話を聞いていた。
テニスの話から学校の話に変わり、私の話に及んでも。

「はははっ…すごいねそれ!蓬莱さん……蓬莱さん?」
「え?あ、すいません…ちょっと考え事してました」
「……そう…それにしても、蓬莱さんもだいぶ部に慣れたみたいだね」
「ええ…まあ」
「相変わらずの敬語だけどね」
「いきなりは直りませんよ」
「それもそうか」

しばらく話して、帰ろうとしたら、精市くんが私を呼び止めた。

「ちょっと蓬莱さんと2人で話がしたいんだけど」
「そうか、なら俺達は先に帰ろう」
「またな、精市」
「体、大事にしんしゃいよ」
「ああ、ありがとう」

パタンとドアが閉まり、3人が遠ざかったのを確認すると、精市くんは私に座るよう促した。
いつものように差し出される手。そっと重ねると、ぎゅっと握られた。
空いた方の手で私の眼鏡を外すと、精市くんは優しく声を掛ける。

「なんで泣きそうなの?」
「……なんでもな…」
「ないことないでしょ。宍戸が負けたのが辛い?」
「……っ」

すぐに当てられてしまった。精市くんには、敵わない。

「彩音はうちのマネージャーだけど…その前にあいつらの友達だもんね」
「……亮くん、きっとレギュラー落ちしちゃっただろうし…何か言ってあげたいけど、私じゃダメだろうなぁって…」
「ほんと、彩音は優しすぎるよ……大丈夫、彩音の思ったようにすればいい。宍戸も分かってくれる」

取られたままだった眼鏡を掛けられ頭を軽くポンと叩かれた。

「大丈夫」
「……ありがと…」

叩かれたところに手をやりながら笑う。
精市くんがふんわりと優しく微笑んだ。

「やっと笑った」
「私、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」

精市くんに見送られて、私は病院を後にした。



次の週、蓮華から大会の結果を聞いた。

ミーティングだけの日を選んで、部活が終わるとすぐに帰って前日に仕込んでおいた料理を作り、お弁当箱に詰めていく。
お弁当箱を袋に入れたら準備はOK。

携帯を取り出し、景吾くんに掛ける。
数回のコールの後、ちょっと懐かしく感じる声が聞こえてきた。

『どうした、久しぶりじゃねーか』
「…あのね、今から亮くんのとこ行くから…一応言っとこうと思って」
『宍戸のとこってなん……お前、都大会来てたのか?』
「うん…ちょうど亮くんの試合が終わる頃に…だから、見た」

思わず落ちた声のトーンに、電話の向こうで大きな溜め息をつくのが聞こえた。

「バーカ、お前が気にすることじゃねーだろ。それに、コンソレーションは勝ったから関東には行けるしな」
「それは、そうなんだけど…でも亮くん…レギュラー…」
「ああ、落ちた。うちのやり方だからな…ま、お前の気持ちが同情じゃねぇことくらい分かってる。好きにしろ」
「うん」

電話を切った私は、急いで駅に向かった。



前もって亮くんのお母さんには亮くんの夕飯を作らないようにお願いしておいた。
大会から帰ってからはずっと部屋に篭ってるとも聞いたから、家に直接行けばいい。

インターホンを鳴らして誰かが出るのを待つ。
出て来たのは亮くんのお母さんだった。

「いらっしゃい彩音ちゃん」
「こんばんは、突然すみません」
「いいのよ〜!どうぞ上がって」
「お邪魔します」

亮くんの部屋のドアをノックする。

「なんだよ?」

けだるそうな声が聞こえて、私は苦笑しながらドアを開けた。
案の定、とても驚いている亮くんがいた。

「な、え、彩音!?おまっ、なんでいるんだよ!?」
「ちょっとあげたいものがあって」
「あ?」

不思議そうに私を見る亮くんに、包みを差し出す。テーブルの上に並べていくのを、亮くんはポカンとしながら見ていた。

「そろそろお腹空く頃でしょ」
「あー……ああ」

お腹を押さえてそういえばそうだな、と呟く亮くんに笑って促す。

「食べて」
「……いただきます…」

不思議そうに箸をつけ、口に運ぶ。一口食べると箸を進めるペースが早くなり、お弁当はあっという間に空になった。

「はぁー上手かった!」
「お粗末さまです」

いい食べっぷりに笑いながら答えると、亮くんは確信したように溜め息をついた。

「ったく、余計な気遣わなくてもいいっつーの」
「…ゴメン」
「謝るな!大会来てたのか?」
「うん、ちょっとだけ…」
「そっか…情けねぇとこ見られたな」
「そんなこと」
「あるだろ。ノーマークだと油断して調子に乗って負けたんだから」

返す言葉がない。思わず黙ってしまった私の頭に手を乗せた亮くんはぐしゃぐしゃと掻き回した。

「わわ!ちょっと亮くん!」
「サンキューな、彩音」
「へ?」

髪で視界が遮られていて、亮くんの表情がわからない。
でもその声は何かを決めたようにしっかりしていた。

「俺は諦めねぇ」

髪を戻して亮くんを見ると、吹っ切れたように笑っていた。

「うん」

私も笑って頷いた。



その後、景吾くんから亮くんが長太郎くんと何かやってると聞いた。
きっと関東大会で会えると、私は思った。





(大切な人だから、何かしてあげたくて)



※現在、お話は6月なのですが、原作では都大会が5月ということに気付きました。ですが、それが話に影響するわけではありませんので書き直しは致しません。ご了承下さい。

(08.08.14)



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あきゅろす。
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