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今日も変わらず地球は回る
過去の悲しみ



《過去の悲しみ》



昨日の騒ぎから一晩明けて、私はいつもと変わらず教室に入った。
でも、教室の中はいつもとは違っていた。
私を見たクラスメート達の目が何だか輝いて見えるのは気のせい…?

「蓬莱さんおはよう!」
「え、あ、おはようございます…」
「あ、蓬莱さんだ!」

クラスメートの一人の挨拶をきっかけに、私はみんなに囲まれた。
驚いて思わず固まる。

「え、え?」
「昨日、見たよ〜!!」
「すっごいカッコよかった〜!!」

聞けば、昨日の騒ぎはテニス部レギュラーのファンだけではなく、下校途中の生徒や近くをランニングしていた他の部の人達など、結構たくさんの人に見られていたらしく。

「あんなキレる蓬莱さん初めて見たー」
「ていうか、蓬莱さんが怒ったりすること自体なかったよね」
「でも昨日の真田くんとか、なんか笑ったよね」
「そうそう!みんな呆然としちゃって!」

そう言ってみんな笑った。

「ね、蓬莱さん固まってるよ?」
「あ」
「おーい、蓬莱さーん?」

目の前で手をヒラヒラと振られ、ハッとした。
みんながクスクス笑っている。
それは嫌な感じじゃなくて。

「もー、いきなり押しかけるから」
「だってどうしても話したかったんだもん」
「あ、あの」
「ん、なにー?」
「チャイム、鳴りましたけど…」
「ええっ!?」

言うと同時にガラリと教室のドアが開き、担任が入って来た。

「席に着けよー」

担任の言葉にみんなは慌てて席に戻っていった。
その光景に思わず笑みが浮かぶ。そんな私に隣の席の子が「もー、笑わないでよー」と頬を膨らませた。

「……」

すごく懐かしい雰囲気を感じた。

氷帝の幼稚舎時代には、こんな光景は当たり前だった。女の子の友達とチャイムが鳴るまでおしゃべりして…。

あの日まで、とても楽しい日々を過ごしていた。
友達に裏切られた、あの日までは。



「じゃ、席替えするからクジ引いてけー」
「よっしゃー!」
「…っ」

担任の声と男子の盛り上がる声に、私は意識を取り戻した。

昔のことを思い出すなんて、しばらくなかったのに。
あの傷ついた日は、思い出したくない思い出。中等部でまであんな思いをするくらいなら――そう思って入ったこの学校だったのに。

今まで人と関わらないようにしてきたのがあの人によって水の泡。
でも、この先、また同じ思いはしたくない。今日の反応は、まだこの恰好だからかもしれないし、素顔の私を知ったみんなの反応を思うと……まだ私は一歩を踏み出す勇気を持っていない……。

「蓬莱さん、クジ引かなきゃ」
「あ、はい…」

隣の席の子に促され、私はクジを引いた。書かれた数字と黒板に書かれた数字を合わせて、移動する。

窓際の一番後ろ、というクラスの誰もが喜ぶ場所――の筈だった。

「おや、私の後ろは蓬莱さんですか、よろしくお願いします」

――と柳生君。

「蓬莱の横とはのう…テニス部揃い踏みじゃの」

――と仁王君。

偶然か必然か、なんでまたこんな席になってしまったんだろう……。

「蓬莱、昨日はありがとさん」
「……何がですか?」

突然の仁王君の言葉に訳が分からず首を傾げる。
柳生君が苦笑しながら引き継いだ。

「仁王君、そんな言い方では分からないですよ。蓬莱さん、昨日は私達の為に怒って下さったんですよね?そのお礼ですよ」

昨日の……。

「別に、お礼を言われるような事では…」
「ええんじゃよ。感謝は素直に受けるもんじゃ」
「そうですよ」
「……はぁ」

騒ぎを起こして練習を止めてしまったのに、お礼なんて。でも、何を言っても2人の気は変わらないだろうし、そのままにしておくことにした。

「よし、終わったな。じゃあ来週の球技大会の種目決めをするからな。委員、よろしく」

担任の言葉に教室内が少しざわめき、男女に別れてそれぞれ種目が決められていく。
バレー、バスケ、テニスの3種目。ただし、その部活に所属する人は、違う種目にしなくてはならない。マネージャーも然り。
そういうわけで、私はバスケをすることになった。

「蓬莱は何するんじゃ?」

席に戻った私に仁王君が聞いてくる。
……夏休みに入るまでこの席か……。

「……」
「なんじゃ?」
「…いえ……私はバスケですけど」
「ほう、俺はバレーじゃ。応援頼むぜよ?」
「……は?」
「私もバレーですから、蓬莱さん、応援よろしくお願いしますね」
「……はい!?」

仁王君と柳生君から言われ、私はア然とした。
な、なにこのフレンドリーさ!
まさか、昨日のアレで?
こんなにも人の印象を変えるだなんて思わなかった……。
まぁ、あれは自分でも予想外ではあったけれど。

私は小さく息を吐き、呆れたように返した。

「……時間があれば、見に行きます」

2人は満足そうに笑った。

ふと、氷帝のみんなを思い出した。
最近会ってないけど元気かなぁ…。



その日の夜、私は蓮華に電話した。

『彩音!久しぶりだね、元気だった?』
「うん、元気だよ。蓮華は…元気みたいだね」

電話の向こうから聞こえる蓮華の声に、私は自然と笑みが浮かぶ。

「みんなも元気?」
『もちろん!今度は都大会よ。みんな余裕って感じ』
「そう、都大会かぁ。頑張ってね」
『え、見に来てくれないの?』
「あー…最近ちょっと忙しくて…分かんないの」

みんなには私が立海のマネージャーになったことは知らせてない。

『ふーん…そっかぁ…彩音の声、楽しそうだからまぁいいや!』

蓮華からの意外な言葉に私は驚く。

「……楽しそう…?」
『うん!…って、自分で気付いてないの?』
「…分かんない…そっか…私、楽しそうなんだ…」

立海に入って2年、そんなこと思いもしなかった。
3年になってから、毎日が慌ただしく過ぎて行った気がする。時間の流れを早いと感じるようになったかもしれない。

『……彩音、立海に行って良かったのかもしれないね』

蓮華は笑って言った。

「…え?」
『最初はね、あたし達が守ってあげるから氷帝に来れば良かったのにって思ってたけど……それじゃあダメだったんだなって。彩音が自分で乗り越えなきゃならないんだって分かった』
「……うん…家を継ぐつもりなんだから、あのままじゃダメだって思ったから…結局は逃げてたけど…」
『家かぁ…おじさま達は彩音の好きにしていいって言ってるんでしょ?』
「うん。でも私は継ぎたいって思ってる。私は蓬莱のホテルや旅館が大好きなの」
『そう、まあ頑張りなさい!じゃあみんなには彩音は見に来れないかもって伝えとくね』
「うん、ごめんね」
『いいよ、あたしは彩音が泣かなければそれでいいんだから』
「…ありがと」

蓮華はいつも私を気に掛けてくれてる。面倒見がいいのもあるけど、私はずっと蓮華に支えられてきた。
大好きな親友。

「じゃあ大会頑張ってね、おやすみ」
『ん、おやすみ〜』

電話を切って、ベッドに寝転ぶ。
毎日の部活の疲れからか、数分と経たずに私は眠りについた。



夢を見た。
懐かしくて、悲しい夢。



都内にとある高級料亭がある。政界の人や芸能人なんかもよく利用している有名な料亭。そこと国内外に旅館やホテルを多数持つのが蓬莱グループ。
それが私の家だ。ホテル経営に関しては跡部家よりも秀でている。
祖父が会長、父が社長、そして私はいずれこのグループを継ぐ人間。

そんな私は蓮華や景吾くんたちと仲良くしていて、周りからの妬みの中にいた。
景吾くんは小さな頃から本当に人気があって、その地位の高さもあってか取り入ろうとする子が沢山いた。
そんな小さな頃から、と言われるかもしれないが、氷帝には大企業から中小企業まで、いろんな社長子息や令嬢が通っている。その親達が私達の親に近づきたいが為に私達を利用しようとしたからだ。
でも1年や2年の頃はそれほど目立ったこともなく、私には蓮華以外にも友達がいた。
自分達と違う瞳の色の私は、他の子達に一歩引かれていたけど、彼女は私の瞳をキレイだと言ってくれた。それがとても嬉しくて、私は彼女ととても仲良くしていた。
でも、それは偽りだった。

その日は参観日で、親達が学校に来ていた。
私は彼女の姿を見つけて駆け寄ると、彼女は母親と話していた。

「蓬莱さんのお嬢様とは上手くやってるの?」
「ええ、お母様。とても仲良くしているわ」

私の名前が出て、思わず物陰に隠れた。

「そう、良かったわ。家族でお付き合いが出来れば、うちも安泰よ」
「わたしも跡部さまと仲良くできるならなんでもするわ。じゃなきゃ、あんな子となんて…だいたいあの子の目、気持ち悪いのよ」

それは、私の心を壊すのに十分な言葉だった。

私はその日からしばらく学校に行けなかった。蓮華たちが心配して何度も何度も来てくれて、やっと全てを話すことができた。
景吾くんも蓮華もすごく怒ってた。

「絶対守るから」

そう言ってくれて、また学校へ行き始めた。
それからはいつも景吾くん達に守ってもらって、私は素の自分は彼らにしか見せなくなった。

そして6年生になり、進学の話になったとき。
ふと思った。

このまま、景吾くん達に甘えて守られたままでいいのかと。
私は蓬莱の跡継ぎなのに。
こんなんじゃ家を継ぐなんて出来っこないし、させても貰えない。
もっと強くならなきゃ。一人でも大丈夫なように。

そして中学は立海に入ったけれど。
でも私は、結局逃げていた。裏切られるのが怖くて、逃げただけだった。強くなんてなれっこなかった。

3年になるまでは…。



朝の日差しが顔に掛かり、私は目を覚ました。

懐かしくて、悲しい、過去の思い出。

でも、今の私は、それを過去として受け入れることが出来そうな気がしていた。





(08.07.28)


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