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今日も変わらず地球は回る
信頼


《信頼》



数が多くて意外に大変なドリンク製作は、何とか皆が戻るまでに終了。テーブルに並べたボトルを戻った人から順に手渡していく。
さすが、と言うべきか、上位はレギュラーで固められていて、少し遅れて他の部員達が戻って来た。
レギュラーとの体力の差はかなりのものだな、と思いながら最後の1年にドリンクを渡した。

「えー、1年生は基礎トレーニング、2、3年生は練習試合、レギュラーの皆さんも練習試合です」

さっき渡された今日の練習メニューを読み上げてそれぞれが練習に入るのを確認すると、私は救急箱を持って1年生部員の集団に足を向けた。

「そこのあなた」
「えっと…俺、ですか?」
「そうです。あなた、ちょっとこのベンチに座って下さい」
「え、あの」
「いいから座って下さい」

有無を言わさず座らせると、黙って右足のジャージを捲った。足首が赤く腫れ上がっていて、触ると熱をもっていた。

「っつ…!」
「やっぱり…何故我慢するんですか?余計に悪化してしまいますよ」
「練習、したいんで…」
「でしたら、それこそ我慢したままではしばらくテニスが出来なくなりますよ。レギュラーを目指すのであれば、自己管理もちゃんとすべきです」

手早く応急処置を施して、今日はもう帰って医者に行くように促した。

「すいませんでした…」
「私に謝るのは筋違いです。どうせならお礼のほうがいいですね」
「あ、ありがとうございました」
「いいえ。大事になさってくださいね」

真田君の許可を貰う為に彼を連れてレギュラーが試合をするコートへ向かう。

「真田君、彼、ランニングで足首を痛めたようなので今日はもう帰って貰おうと思うのですが」
「ランニングぐらいで足を痛めるとはたるんどる!…だが、悪化させてはいかん。早く医者に行け」
「は、はい!すいませんでした!」

帰って行った1年生を見送り、私は別の仕事に取り掛かろうとした。

「よく分かったな」

真田君が不思議そうに言った。

「ランニングから戻った時に少し足を引きずっていましたから」
「なるほど…よく見てくれた、感謝する」
「たいしたことではありません」

納得してコートへ戻った真田君を見て、私は空になったボトルを洗いに行った。



「あんた、よく見てんじゃん」
「…確か…切原君でしたね」

洗い終えたボトルに再びドリンクを作りながら、私は声を掛けた人物を見た。特に何か用事があったわけでもなさそうで、私のドリンク作りをただ見ているだけだった。
品定めでもされてるようで何だかムカついてくる。

「試合はどうしたんですか?」
「あんなもん、とっくに終わっちまったっつーの。10分ぐらいありゃ楽勝だね」
「…そうですか。あの人達に混ざって2年生でレギュラーなのですから、強いのでしょうね」
「当たり前!今年も全国は余裕だね」

自信満々に笑う切原君を一瞥して、作り終えたボトルをコートに運ぶ。コートに入る少し手前で、手伝うことなく一緒に来た切原君に言った。

「切原君、自信があるのは大いに結構ですが、そのうち痛い目見ますよ?」
「……」

切原君は私の言葉に少し苛ついたようで、小さく舌打ちしてコートへ入って行った。
いくら2連覇していても、常勝と言われていても。それが崩れることはあるかもしれない。足許を掬われてしまってからでは遅いのだ。それを分かってもらいたかった。
だって、私は氷帝のみんなを知っているから。彼らだって強いのだから。

一通りの練習や試合が終わり、真田君が部活の終了を告げた。
私は全員にドリンクを渡していく。
他の時はともかく、この、ドリンクを手渡す時のギャラリーの視線がかなり痛い。



ともかく、それから1週間、私はひたすらマネージャーの仕事だけをやり、部員との会話はほとんどしていない。必要最低限のみだ。
そうすると、彼らのファンの子達も、私の仕事振りを認めざるを得なかったようで、痛かった視線も少しだけ柔らかくなった。
私を睨むヒマがあるのなら、意中の彼を見ていたほうがマシだと気付いたみたいだ。



「蓬莱はいいマネージャーだな」
「……は?」

県大会前日、レギュラーミーティングが終わり、私は備品のチェック中で、柳君はデータ整理のためにお互い机を挟んで向かい合っていた。他の皆は帰ろうとするところだったが、柳君の言葉に足を止めた。

「どうして突然そういう話になるのでしょうか?」
「思ったことをそのまま言っただけだ。仕事はできるし、外のギャラリーも納得せざるを得ない。これなら精市にちゃんと報告できる」
「もしかして、この1週間はある意味試用期間だったと?」
「そう取られても構わない」
「どうせなら認めてもらえなくても良かったのですが」

嫌そうに言うと、柳君はフッと笑った。

「それでは俺たちが困ってしまう。今、蓬莱がいなくなればかなりの負担が部員に掛かる」

私たちの会話を他の皆も聞いている。丸井君や切原君も、初めこそ鬱陶しそうにしていたけれど、今はそうでもない。

「なぁ弦一郎、そろそろ精市にもちゃんと紹介してもいいのではないか?」

その言葉に真田君が頷いた。

「ああ、俺もそう思っていた」
「そういうわけだ。蓬莱、今日はこの後精市のところに一緒に行ってもらいたい」
「それは、私が信頼できると思ってもらっているということですか?」
「もちろんだ」
「でしたら、構いませんよ」

少しだけ口元に浮かんだ笑みを隠すことなく答えた。
たった1週間、されど1週間。
自分が随分とこの部に馴染んでいることに驚くとともに、それが不思議と嫌ではなくなってきていることに気付いていた。



(信頼は自然と得てしまうもの)
(08・03・27)


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