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泡沫

 目覚めると、時計の針は十二時十五分をさしていた。外は明るい。もうお昼みたいだ。少し眠りすぎたみたい。今日は金曜日。授業は一限から三限まで。今から行ってももう遅い。三限の途中に着いて、その授業は厳しいから遅刻は欠席扱いされる。
 私は目をこすりながらリビングに行く。
「お母さん、なんで起こしてくれなかったの?」
 そう言いながらドアを開けると、お母さんの姿はなく、リビングのテーブルの上には一枚の置手紙が置いてあった。
『華子へ。今日はゆっくり寝れましたか? お母さんはちょっと友達に会いに行ってきます。たまには学校休んで寝てね。最近あなた寝言言いながら寝てるから、よっぽど疲れてるのよ。寝言うるさいからどうにかしてね』
 私は、あぁ、と髪の毛をくしゃくしゃにする。きっと寝言はみっちゃんとの会話だ。お母さんにはみっちゃんの声は聞こえていないのかな。みっちゃんはいつも来るのは夜中だから、私の声は寝ているお母さんの耳には寝言のように聞こえるのだろう。
 キッチンを覗いてみるが、何も食べるものは置いてない。冷蔵庫を覗いても同様だ。
 腕をまくると、何か作ろうと思う。
 幸いにもスイッチの切れた炊飯器にはご飯が入っていた。チャーハンを作ろう。でも冷蔵庫の中身は何を使ったらいいのかわからない。そこでだ。私は台所の棚の中を覗く。お母さんはここに百円ショップで買ったインスタントの食材を買いためている。きっとここならチャーハンの素が置いてあると思ったのだ。中をあさっていると、それはあった。材料は卵ひとつとご飯。冷蔵庫を見ると卵は五つあったから作れる。
 こういうとき、料理が出来ないの駄目だな。でも結婚願望もないし、一人暮らししたいとも思わないし、それは大丈夫かなとも思う。
 フライパンに火をつけると油を引き卵を炒め、そこに冷えたご飯を投入し、素を振り入れてそれで出来上がり。作り方を見ながら作ったが、意外と簡単に出来上がってしまった。私も出来るもんだ。
 リビングに行くとテレビをつけて、そこでチャーハンを口にする。結構美味しい。インスタントは簡単に出来ていいな。
 テレビでは笑っていいともがやっていた。お母さんは面白いと言っていたけど、そうでもない。テレビ見ない私は好きな芸能人もいないし、バラエティが楽しいと思うこともない。
 チャンネルを変えようかとしたところで、CMで映画のコマーシャルを流していた。土曜日、つまり明日、土曜プレミアムでローマの休日がするらしい。しかしそれは「新」がついている、リメイク版。CMを見ていると主演はオードリー・ヘップバーンではなくてキャサリン・オクセンバーグという私の知らない女優。私はそれに非常な興味を示した。
 それはみっちゃんとこの映画を見たいね、と言っていたのだ。それを思い出した。それは今回放映される新ローマの休日ではなくて、白黒映画のほうのローマの休日。
 テレビを消すと、急いでチャーハンを駆け入れ、お皿を洗うと自分の部屋に戻る。そうしてベッドの上に倒れるように寝ころぶ。
 みっちゃん。
 みっちゃんが来なくなって一週間が経過していた。
 前回は初めてみっちゃんが現れて二日後に姿を現したのだが、今回は一週間も来ない。みっちゃんはもう二度と来ないのではないかと思った。そもそもみっちゃんはなんで私の前に現れようと思ったのだろう。そうしてどのようなきっかけがあってみっちゃんは私の前に現れるのだろう。
 私は毎日でも会いたい。みっちゃんはそうでもないのだろうか。前にみっちゃんが現れてから夢も見ていない。その時に見た夢で、みっちゃんは私が一番の理解者だと言っていた。それは今まで忘れていていたけど、それは事実だろう。みっちゃんが私に見せる夢は昔にあったことをそのまま見せていて、そんなことあったな、と私に思い出させる。でも一番の理解者じゃないよ。わからないことだらけ。
 みっちゃんはなぜ私にあのような夢を見えるのだろう。私と会っていないときにみっちゃんはどこにいるのだろう。どうして魔法使いなのだろう。どうして…。
「それはね」
 ベッドの枕に顔を押し付けていると、みっちゃんの声がした。
 顔をあげて机を見ると、みっちゃんが足を組んで座っていた。
「みっちゃん」
「ハナちゃん、思ってることだだ漏れ」
 そう言って笑う。
 私は思わず笑顔がこぼれる。みっちゃんもすごい笑顔だ。
「ハロー」
 みっちゃんが手を振る。
 私はベッドに正座をすると、ハローと返す。
 だだ漏れって。私独り言を言っていたのだろうか。
「私、魔法使いなんだよ。みっちゃんの思ってることは全部わかるの」
「魔法?」
「神様が与えてくれたの」
 神様。神様ってどれだけえらい人なのだろう。そんな力与えられるなんて。
「神様の言うことは絶対服従。だけど意見することはできる」
「そうなんだ」
 今ふと思った。私のこの思いも、みっちゃんは受け取ることができるのだろうか。
「もちろん」
いつもだだ漏れ?
「そういうわけじゃないよ」
 じゃぁいつなら漏れない?
「私が力を使わないと漏れないよ」
 私の意志は関係ない?
「そういうことになるね」
 そうみっちゃんは笑顔だ。
「でも大丈夫。これ疲れるからやめるよ、これからは何考えても大丈夫」
 でもみっちゃんは生きているころから私の心を読むことがあった。それは私のことを理解しているからなのか。生きているときから魔法使いだったのかな。
「だってハナちゃんわかりやすすぎるから。ハナちゃんは隠してるつもりでもばればれだよ」
「え」
 また読んだ。本当は声に出てるのではないかと怖くなる。もしくは本当はみっちゃんが読もうとしなくても読めてしまうのではないかと。
 みっちゃんは笑顔のまま足を組みかえる。でもどっちでもいいや。みっちゃんが言うには私は黙っていても顔に出るらしいから。黙っていても、声に出しても、どっちでもいい。
「聞いていい?」
 みっちゃんは、ん? と首をかしげる。
「何?」
「幽霊なのに足あるんだね」
「ズバッというね」
 声をあげて笑う。でも幽霊は足がないと思っている人は多いと思う。誰に聞いたわけではないけど、マンガや小説を読んでいると幽霊は決まって足がない。それはそういう意識がみんなの中に抱いているからだ。
「私は魔法使いだからね」
 みっちゃんは仕切りに魔法使いと言うが、魔法使いは何が出来るのだろう。私の前に現れること? それは神様がそういう計らいをしているからで、私の心を読むこと? それも神様はそういう計らいをしているから。でも、その計らいが神様の与えてくれた魔法なのか。もう難しいことはわからない。私は出そうになったため息を飲み込む。
「もうひとつ聞いていい?」
「今日のハナちゃんは質問ばかりね。前は違ったのに。成長したんだね」
 そう寂しそうな顔をした。そんなつもりだったわけじゃない。
 私も成長したんだ。そりゃそうだ。私は成長したつもりはないけど、月日は経っている。外見だって成長したし、本を読んで知識も得た。それは役に立たない知識ばかりだけれど、私は成長しているんだ。でもみっちゃんも成長しているよ。拒食症のように細い足やセーラー服や、見た目は変わっていないけど、みっちゃんも確かに時を刻んでいる。それは口調や考え方や、それに反映している。前のみっちゃんだったら、こんなに寂しそうな顔を仕切りにしたりしない。寂しそうな顔や真面目な顔をしたこともたくさんあるけど、こう私が変わっていくこと、こんなことで寂しそうな顔をしない。こんなに弱くない。きっと月日が変えていったのだ。みっちゃんの心を私なりに理解することを努力している。でもわからないよ。言葉にしなくちゃわからない。
「で、何?」
 みっちゃんはもう笑顔になっていた。
「今までみっちゃんが居た場所はどんな場所?」
「ん、」
 今度は影のある顔。
「真っ暗で何もない静かな場所。ひとりぼっちだったけど、その暗い中の隙間からハナちゃんを見ていたの。そこからずっと見ていたよ。ずっと喋りたかった」
悲しそうな泣きそうな。私も悲しかった。私がみっちゃんを欲していたように、みっちゃんも私を欲していたのだ。私はみっちゃんを理解できていなかった。
でもこんなにみっちゃんは感情が豊かだったろうか。そりゃ私よりは感情豊富だったけど、こんなに感情がコロコロ変わっていただろうか。こんなに変わっていたら疲れてしまう。
「私はみっちゃんにずっと会いたかった。大好きよ」
 するとみっちゃんは笑顔になる。
 反対に私は泣きそうになってしまった。みっちゃんの感情を変えているのは私? 私がいけないの?
「みっちゃんがいけないんじゃない。私はずっとこうよ。変わっていない」
 また私の心を読んだのだろうか。みっちゃんは机から私のほうへ歩いてくると、しゃがみこんで私の手に手を重ねる。触れられないはずなのに、みっちゃんの手が温かいような気がした。幽霊って言ったら手は冷たいイメージだけど、私には確かに温かく感じたのだ。
「みっちゃん?」
「何?」
「寂しかったよね、苦しかったよね。ひとりぼっちにさせてごめんね」
「ひとりぼっちだったのはハナちゃんのせいじゃないよ。私こそ寂しい思いさせてごめんね。これからは幸せになってほしいの」
「みっちゃんがいない幸せは私はいらない」
 涙が止まらなくなって、頬から涙がぽつりと零れる。みっちゃんも泣いていた。
「ハナちゃん。本当に成長したよ。歳月は確かに流れている。ハナちゃんも感情はちゃんとある。私はわかっているよ。今だって、一番の理解者はハナちゃんよ。ちゃんと言葉にもする。ハナちゃんも話しして。苦しいこと、悲しいこと、寂しいこと、楽しいこと、嬉しいこと、何もかも」
 読まないとか言いながら私の心ちゃんと読んでいるのではないか。みっちゃんらしい。
「ね、ハナちゃん、覚えてる?」
 みっちゃんは唐突にそう聞いてきた。
 私は涙をぬぐう。みっちゃんは床にあぐらをかくと、私と同じように涙をぬぐった。幽霊でも涙を流すんだ。
「ね、ハナちゃん。さっきから幽霊幽霊うるさいよ」
 そうコロコロ笑う。鈴虫が鳴くような軽い、そして小さな笑い。
「心読んでるじゃん」
 私も笑い返す。
「ごめんなさい。でもハナちゃんが何考えてるのか知りたいんだもん」
「私だってみっちゃんが考えてること知りたいよ」
「ハナちゃんはいいの」
「なんで?」
「いいのいいの」
「ちゃんと言葉にするって言ったのみっちゃんでしょう?」
「そうでした」
 みっちゃんの楽しそうに弾む声に私もつられて楽しい気分になった。こうやって人と会話をしていて心がウキウキと弾むように楽しくなるのは、みっちゃんがいないくなって以来だから久しぶりだ。
「充分ハナちゃんも感情の移り変わりが激しいよ」
「それはみっちゃんがいるからだよ」
「それはありがとう」
 ふふふのふ〜なんて歌うような笑い声。みっちゃんはこんな笑い方したの初めてだ。
「ところでところで、さっきの話だけどジブリの映画覚えてる?」
「ジブリの映画はいっぱいあるよ」
「そうね。あれだよ。思い出そうとしても思い出せなくてさ、題名なんだったか聞きたくて。あの、修学旅行でハワイに行ってさ、女の子が男の子に借金してさ」
「東京のお父さんに会いに行くってやつ?」
「そうそれ」
「海が聞こえるって題名?」
「そうそう! それだ。海が聞こえる、か。懐かしいよね、それうちでお泊りしたときに見たよね。三回とか」
「ニ回」
「よく覚えてるね。ニ回も三回も変わらないのに」
「変わるよ」
「変わんないし。でもさ、あのお泊まり会楽しかったよね。あの頃にあんな遅くまで起きてたの初めてだったもん」
「私も」
 みっちゃんが笑ってくれて嬉しい。どんなみっちゃんも好きだけど、笑っているみっちゃんが一番好きだ。暗い気持ちも吹っ飛ぶ。

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あきゅろす。
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