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素晴らしくない世界

 時田君が好きだった万福屋の大福の六個いりを買うと、騒々しい日曜日が始まった。
 騒々しいと言っても、私が騒々しいわけではなくて、街は日曜日で人に溢れていたのだ。万福屋は私が通っていた中学の近くの、私が住むマンションの駅の出口とは反対の出口にある大きな商店街にあり、商店街は人で賑わっていた。そんな栄えてるわけでもなく、でも寂れているわけではなくて、私の住む街ではここがみんなの遊び場だった。ゲームセンターもあるし、カラオケ屋さんも何件かあるし、雑貨屋だって洋服屋さんだってたくさんある。そういう若者向けのものだけでもなく商店街らしく、お魚屋さんだって、お肉屋さんだって八百屋だって、スーパーだってある。
 お花屋さんもあったがなんのお花がいいかわからなくて、店に入りかねていたが、買おう、と勇気を出して店に入り、店員さんにすみませんと声をかける。
「お墓参りにふさわしい花束ください」
「どんなお花でもよろしいですか?」
「あの、よくわからないので、適当にお願いします」
 すると店員さんは少々お待ち下さいと、店頭に飾ってあった花を見繕うと、十分少々で作ってくれた。菊の花束で、千円ぽっきりだった。
 私は花束と万福屋の袋をぶらさげて、商店街を抜けると中学の近くにある時田君の家に向かった。付き合っている間に何度か時田君の家にお邪魔していたことがあったから道はわかっていた。だけど行く先には中学校がある。あそこにはあまり良い思い出がないからあまり通りたくはなかったけど、もうそろそろ時効だろう。大丈夫、通ってみることにしよう。
 商店街の路地を一歩入れば民家が並んでいてとても静かだ。ゆったりとした時間が流れている。懐かしい街並みで、私はつい歩くスピードを緩める。高校に入ってからはあまりこっちのほうには来なかったから、二年ぶりになる。
 本当は西条さんと来る予定だったけど、西条さんとは同じ街に住んでいるから、奥さんに遭遇率も高くなる。いくら私が大人っぽい服装をしていても、日曜日の真昼間に一緒に居たら怪しまれるに決まっている。だから西条さんには言わずに、今日お墓参りに行くことに決めた。でもお墓参りに行きたくても、とりあえずはお焼香に行こうと思って、時田君の家に行こうとしているのだ。
 この街は、嫌なことばかりだと思っていたけど、時田君と付き合うまでは幸せだった。死にたいとか思わなかったし、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。学校帰りにさっきの商店街をうろちょろしたり、遅い時間まで遊んだり、でも時田君と付き合ってからは受験のために塾に通ったりデートしたり、それなりに楽しかったが、学校では嫌がらせがあったけどそれでも毎日が充実していた。人間不信や死にたがりになった原因として時田君の死があったが、でも時田君と付き合ったことは後悔していない。不慮の事故で亡くなってしまった時田君を責めることはどうしても私には出来なかった。時田君だって死にたくて死んでしまったわけではないし、時田君との時間は嫌がらせのことを忘れてしまうくらい濃い時間だったから。何より後悔してしまったら、そこで時田君はいなくなってしまう。私の心の中から、いなくなってしまう。
 この路地も、時田君と手を繋いで歩いた。幸せだった、今よりも、もっともっと。
 裕ちゃん?
 時田君には裕ちゃんと呼ばれていた。
 どうしたの?
 どうして裕子は俺なんか好きになったの?
 ふふ。時田君は覚えてないだろうけどね、遅刻しそうなときにね、転んでバックの中身飛び出して困ってた私を手伝ってくれてね、一緒に遅刻しちゃったの。一緒に学校まで走って、急げ〜って、ふたりで必死になって。
 そんなこと?
 そんなことって言ってもね、私には大きかったんだよ。
 なんだ、そんなことで裕ちゃんの気が引けてたのか。
 なんで?
 俺なんかそれよりきっともっと前から好きだったよ。
 え?
 中学に入学してすぐだもん。
 え、なんで? なんで?
 教えないよ。
 時田君と私はそれから肩を寄り添いあいながら歩いた。時田君も私も、ずっと笑顔で。
 でも、いつになっても時田君は私を好きになったきっかけを教えてはくれなかった。いくら聞いても得意の笑顔で誤魔化されて、話をずらされて。
 時田君。会いたいよ、あなたの笑顔の横で私はずっと一緒にいられると思っていた。一緒に中学を卒業して、同じ高校に行って、結婚して。あの頃はそんなことが出来ると思っていた。あなたが私の今を見たらなんて言うかな。死にたいって自傷を繰り返して、不倫なんかして笑顔も見せない。あの頃に戻りたいよ、時田君がくれた笑顔もふたり笑いあった日々も。
 涙は時田君に会うまで取っておこうと思っていたけれど、自然と涙が出てくる。あの日々は輝いていた。
 ゆっくり歩いていたけれど、時田君の家はあっという間についてしまった。この街はそんなに広くない。歩いていたら知り合いの誰かしらに見られていたりするし、私は見なかったふりをするけれどきっと今の私も誰かしらに見られていると思う。だけどこの街に住む知り合いは私に絶対に声を掛けてきたりしない。それが私が築いてきた過程だから。
 時田君の家は代わり映えしなかった。そうだろう、たかが二年。変わってしまったとしたら時田君のご家族が引越ししたりしてしまったときだけだから。
 チャイムを鳴らすのに躊躇ってしまい、指が硬直してしまった。今更何で来たのと言われてしまうだろうか。お葬式にも来なかったのに、今までお線香もあげに来なかったのに何よ今更って。怖い。だけど時田君と向き合いたい。そして私も何かが変われるような気がするのだ。
「裕ちゃん?」
 呼ばれて振り向くと、そこには商店街にあるいなげやというスーパーの袋をぶら下げた時田君のお母さんが居た。
「久しぶりね」
 そう懐かしそうに微笑んだ。


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あきゅろす。
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