素晴らしくない世界 4 「おまたせ」 そう言って麻衣が現れた。短めのスカートにカーディガンを羽織って、落ち着いていると思わせる服装で、嬉しそうに笑った。 「また会えて嬉しい」 麻衣はそう言うと、私の前の椅子に座り、こっちを向いた。前から思っていたが、麻衣は素直に全部思ったことを口にする。今日会おうと言いだしたのも麻衣だった。会いたいと、私にメールで告げられた。 今回もまた駅ビルの屋上で待ち合わせだった。今日はカラオケに行こうと、そう約束をしていたのだ。正直、私はあまり音楽を聴かないので気後れしたが、麻衣の要望だったし、あまり嫌な気分はしなくて、ついつい了承してしまった。 「駅前のカラオケ屋さんでいい?」 嬉しそうに麻衣が言った。私はいいですよ、と言うと、麻衣は鼻歌を歌いながら歩き始めた。麻衣は歌が好きなのかな、と思うと、へぇと思った。私と違ういまどきの人だ。私は友達がいないからカラオケなどほとんど行かないし、音楽を聴くこともあまりない。 麻衣が笑顔で振り向いた。 「裕子ちゃんってあまりカラオケ行かないでしょう?」 「え、なんで」 「そんな感じがするから」 「そうですか?」 「友達もあまりいないでしょう?」 なんて直球な質問。 「わかりますか?」 「うん、そんな感じ。実は私もあまりカラオケ行かないんだ〜。友達少ないから」 そう笑うと、ね、カラオケやめない? と言い出した。 「だってふたりとも苦手なら行く必要ないでしょう?」 「そうですね、麻衣さんはそれでいいのですか?」 「うん、今日はファミレスとかでご飯しようよ、お腹空いちゃった」 今日は日曜日。今の時間は昼時の十二時。私もそろそろお腹が空いてきた頃だった。 「そうしましょうか」 そう言うと同時にお腹が大きな音で鳴った。 麻衣は思いっきり笑って、本当はね、と笑いすぎで溢れてきた涙を拭った。 「カラオケに誘ったのは裕子ちゃんに会いたかったからなんだな」 あら、と思った。私のどこにそんな魅力があったのか、わからない。 「どうして?」 「同性愛者だから」 私は、あっと思った。そういうことは? 「嘘嘘、女の子には興味あるけど、年下は論外だよ」 また笑うと、からかいがいがあると言い、笑いが止まらないみたいだ。 こんな麻衣を見ていると、友達がいないということは嘘みたいだ。よく笑うし、お喋りもする。こんなふうなら友達もいっぱいいるだろうに。 「あ、あの子絶対そっち方面の子だよ」 そう指差した先には見た感じ普通の子がいた。レストラン街にある、ファミリーレストランに入ると、店員さんが来て、席に案内してくれる。座ると、なんで、と切り出した。 「なんでわかるんですか?」 「感でわかるんだよ、そうじゃなきゃ女の子はわからないよ」 「私は?」 「ん、裕子ちゃんはそうじゃないってわかるよ、彼氏もいるでしょう?」 「彼氏?」 「うん、彼氏」 正直なんて言っていいのかわからなかった。不倫しています、とは言いづらい。言っていいものなのか…。 「一応います」 「そっか」 麻衣はそう呟くと、無言になってしまい、私はその無言が苦しくなって、メニューの冊子を見て、料理を探した。パスタが食べたい気分。麻衣さんはお腹が空いてきたと言ってた筈なのに、メニューに目を通さない。なんだかすごく気まずい雰囲気だった。言ってはいけなかったかな、と麻衣さんの顔色を伺うようにチラリと盗み見する。さっきと打って変わってその顔は暗く、話しかけるなというオーラを出していた。私はその雰囲気を壊さないようにメニューをひたすら見るが、どうすればいいかわからなかった。友達も大していない私には、その対処法がわからなかったのだ。 「裕子ちゃん」 「はい」 思わず背中を伸ばしてしまった。 「私もね、普通の恋愛をしたいと思うのよ。普通に男の人を好きになって、デートも重ねて、街中でも人目を気にせず手を繋いだりして、結婚考えて結婚して子供作って。だけどなんで私には無理なのかな。裕子ちゃんが羨ましいよ」 小さな声で呟くと、メニュー決まった? と私に問い、私は頷くと冊子を麻衣に渡した。 私は始めて付き合った人が西条さんで、これが普通の恋愛だとは思わない。なんせ不倫だから、西条さんには妻子がいる。だからしょっちゅう会えないし、電話も出来ない。会いたいと思ってもそれは西条さんにとって迷惑なことだろうし、我儘も言えない。純粋な恋愛なんて言えないよ、私も。だけどそれをわかって欲しくても、不倫しているなんて公言できないし、それは反対されることだと思う。私から見たら同性愛でも麻衣の恋愛が羨ましい。しょっちゅう会えたり、会話したり電話したり、確かに人の目は厳しいが、それでも不倫という関係よりは良いものだと思える。ようはどっこいどっこいなのだ。相手が羨ましく思える。隣の芝生は青いってやつだ。 「私不倫してるんです」 麻衣は驚いた顔を見せ、そっかとさっきよりもっと真面目な顔になった。 「お互い大変なんだね」 「そうですね」 「よし、決めた」 そう言って店員さんを呼ぶ。しばらくすると早足で店員さんが寄ってくる。 「カルボナーラ」 と麻衣が注文すると、私はペペロンチーノと注文する。 店員さんが復唱し、早足でテーブルを離れると、やっぱり無言になってしまった。とても気まずい。 麻衣さんはいろんな面を持っているんだな、と思った。さっきみたいに無性に明るい面を持っているかと思えば、今みたいに難しいことを考えているような、無言になってみたりして。私だったらそんなにころころ感情が変わっていたら疲れてしまう。 [*前へ] |