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素晴らしくない世界

 実家に帰るとリビングにのテーブルの上に書置きとお金二千円が置かれていた。
「お母さんは仕事だから夕飯は何か買ってきて食べて」
 またか、と息をつくと、制服のまま家を出るとマンションから近い駅前のコンビニに足を運んだ。一食のお金で二千円は高すぎるんじゃないかと思うけど、お母さんはまた二千円を置いていく。何かあったときのために。使い切れない分はお小遣いにしている。私は友達がいないから学校の帰りの寄り道にお金を使うことはまずない。使うのは西条弘樹という恋人と会うときくらい。
 西条さんは三十二歳。IT関係の仕事をしていて、なかなか会えはしれないけど、私はそれで構わなかった。文句は言った事はないし、不満を持っているわけでもないから言い合いもしたことがない。でも西条さんは妻子持ちだった。いわゆる不倫。それでも私は構わなかった。西条さんはリストカットについて何も言わないし、わたしの弱音も聞いてくれる。不倫がばれるといけないから、私は会うときは大人っぽい服装をして化粧もして、街中で奥さんと会ってしまっても、仕事の仲間だと嘘をつけるようにしていた。
 コンビニに行くと、西条さんがいた。声をかけようか迷っていると、西条さんのほうから話しかけてきてくれた。
「裕子」
 私は思わず顔が綻ぶ。
「西条さん、久しぶり」
「何ヶ月ぶり?」
「二ヶ月?」
 二人して笑うと、本当に久しぶりね、と声をあげた。
「何、夕飯買いにきたの?」
 西条さんは私のことを知っている。友達がいないことも、両親が共働きだということも全部。私は信用した人には口が軽くなってしまうから、西条さんにはなんでも話していた。
「なんなら何か食べに行く?」
「私制服だし、いいよ、コンビニ弁当で。西条さんは早く帰ってあげなよ、子供さんが待ってるよ」
「少し話すくらいならいいだろう?」
「そうね」
 私はサンドウィッチとミネラルウォーターを買うと、気分がよく、軽い足取りで歩く。
「裕子?」
「え? 何?」
「今日いいことあっただろう」
「なんでわかるの?」
「裕子のことだったらなんでもわかるよ」
 西条さんは笑うと、ほら、はいちまえって私の頭をぐしゃぐしゃにする。
「なんでもないことよ」
「それでも聞きたいよ」
「あのね…」
 そう言って、麻衣のことを喋った。初めての友達だって。リスカのことも。今日麻衣との間であったこと。
 すると西条さんは「友達は、よかったな」と言うが、あまり嬉しそうに笑わない。
「どうして喜んでくれないの?」
「だって、その人同性愛者なんだろ…」
「え?」
「相手にされたら俺が嫌なんだよ」
「はは、ヤキモチ?」
「でもさ、気悪くさせたらごめんな。こうやって話していると裕子は普通の高校生なのに、なんで学校で友達が出来ないのかね」
「あんなやつら相手にするだけ疲れるんだよ」
 高校の入りたてのときは、それなりに友達を作ろうとしたこともあった。でも上手くはいかず、結局ひとり。みんな甲高い声で笑ったり、まとまってトイレに行ったり、ひとりで行けよとか思ったけど、結局そうやって私が白い目で見てることにみんなが気づいて、そのうち相手にもされることはなくなってしまった。
 きっと私が冷めているんだ。友達も、西条さんという人が欲しいとも思わないことも、生きることも。だけど、麻衣のような私の気持ちを理解してくれる人が出来たのは嬉しかった。出会い方はよくなかったけれど、私はそれでも、傷跡を素敵、と言ってくれる彼女を理解してあげたいと思った。たとえ同性愛者であろうと、麻衣が何か暗い気持ちを持っているのは確かなはず。それを理解して、少しでも楽にしてあげたい。
 自分がリストカットをしているのはいいが、やっぱり人がリストカットをしているのはやめさせてあげたい。そう想うのは悪いことなのか。
「西条さん」
「ん?」
「ここまででいいから」
 私は歩くのをやめると西条さんにそう言う。
「家もうつくから、西条さんは帰ってあげて」
「やっぱり気分悪くさせた?」
「ううん、会えただけで嬉しかったから大丈夫、今日はここまででいいや」
「そうか。じゃぁ気をつけて帰れよ、じゃな」
「うん」
 小さくなっていく西条さんの背中を見ながら、いとおしさがこみ上げる。まだ話したかったけど、これでいいんだ。理解ある彼女でいたい。不倫という立場であるからこそ。
 家に帰ったら麻衣にメールしてみようと思った。少しだけ寂しい。そんなことは西条さんにいえないから。
 また西条さんに偶然でも会えるといいな、そう思った。

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