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素晴らしくない世界
11

 四時過ぎに池袋についた。ためしにいけふくろうに行ってみたけれど、待ち合わせをしている人々の中に麻衣はいなかった。
 大して行きたいところもなかったから、そこで麻衣を待つことにした。
 かばんから南条あやの卒業するまで死にませんという小説を出す。これも捨てようと思ったのだ。私の悲しい過去はもうやめにしたい。折角生きる気になったのだ。全部捨てて新しい自分になるのだ。景子という友達も出来た。西条さんとの不埒な関係もやめにして、死にたいと願っている麻衣とも関係を絶つ。それが全部私のためになるのだ。死にたくない。生きて、きっと時田君はそう言うのだろう。
 いけふくろうの近くにあるニューデイズというコンビニに行くと、コンビニの中にあったゴミ箱に本を捨てる。そして手を合わせると、再びいけふくろうに戻った。
 しかし四時半を過ぎても五時を過ぎても麻衣さんは現れなかった。電話をかけてみるが繋がらない。メールを送ろうと思った。いつ来れますか? と。しかしメールはすぐに戻ってきた。宛先が見つかりませんと。
 そこで私は気づいた。私は麻衣に振られたのだ。私は麻衣さんを捨てようとしていた。反対に捨てられてしまったや。
 私は悲しくなって、ポケットに入っているカミソリを握り締める。私の思いは何も伝えられなかった。それが悲しくて。
 山手線で新宿に向かった。池袋から新宿までは約十分。その間ずっとポケットのカミソリを握り締めたいた。腕を切ってはいない。私は生きるんだ。死にたいから腕を切るというのも矛盾してる話だ。それに誰かのために腕を切るなんて、それこそ悲しい話。
 南口を出て、高島屋に向かう。高島屋には東急ハンズが入っている。私は時間があると高島屋の東急ハンズで時間を潰したりしている。
 向かっている最中私は見てしまった。麻衣だ。麻衣が居た。私と麻衣が出会うきっかけになった「死んでしまえ」と麻衣に叫んでいた、麻衣を蹴り倒した女の子と一緒に歩いていた。
 麻衣が私の方向に向かって歩いてくるから思わずコンビニに飛び込んで、ガラス越しに麻衣を眺めた。幸せそうな笑顔をしていた。無邪気な笑顔で女の人と一緒に歩いている。願わずにはいられなかった。どうか、どうか麻衣が幸せでありますように。死にたいだなんて思わなくて良くなりますように。
 麻衣たちがコンビニを通り過ぎると、私はコンビニを出て、麻衣の背中を見届ける。幸せになってください。
 携帯を取り出すと、電話帳を開いて麻衣のアドレスを消して、やっぱり祈った。あなたに会えてよかった。幸せが続きますように。


 木曜日。
 午後七時過ぎに西条さんは息を切らしながらやってきた。
「ごめんごめん、ちょっと過ぎちゃったね」
 大丈夫、と私は首を振る。
「いつものバーに行こうよ」
 そう言うと、西条さんはもちろんノンアルコールでねと笑った。
 南口とは反対にある歌舞伎町の行きつけのバーに向かう。
「ね、西条さん」
「何?」
 西条さんはにっこりと笑って手を出す。
「手繋ぎたいんでしょう?」
「なんでわかったの?」
「今日だけだよ?」
 私は差し出された手のひらに自分の手を置くとしっかりと手を繋ぐ。今日で最後だから、と自分に懺悔する。
 西条さんはわかっているのだろうか。今日が最後だと。だけど西条さんはにこにこと笑っている。きっとわかっていないな。なんでもわかってしまう西条さんでもそんなことわからないか。だけど私は素振りを見せていたはずだった。メールも日曜日以来していない。泣きながら消した西条さんのメールボックスはもう残っていない。保護していたメールもフォルダも全部消して、私の携帯に残っている西条さんの履歴は電話帳だけだった。着信履歴も発信履歴も消した。そして今日、とうとう電話帳からも削除するのだ。そんなことは西条さんは知らない。私の覚悟はもう決めた。
 夜の歌舞伎町は人は怖いというが、賑やかで私は結構好きだった。キラキラとしているし。キャバクラやホストクラブの呼び込みの人がたくさんいるなか、ひっそりとたたずむ間接照明で照らされたバーに入っていく。
 ドアを開けると、バーテンダーが寄ってきて、いつもの席空いてますよ、と教えてくれた。私達はまっすぐにカウンターの隅に歩いていく。店内は薄暗くて、ジャズが流れていて良い雰囲気。でもここで別れを告げるのはどうかなと思う。西条さんは来辛くなってしまうのではないかと思った。
 西条さんは出会ってしばらくして、この店に連れてきてくれた。よく一人で来るんだ、と。
「キャバクラとかいくの?」
 私が問うと、残念ながら行ったことがないよ。と髪の毛をいじりながら苦笑いしたのだった。
 バーテンダーに、いつもの、と頼むと、すぐにキールアンペリアルというピンク色したお酒が出てくる。シャンパンにフランボワーズのリキュールが入ってて少しだけ甘酸っぱいお酒。私にはノンアルコールのシャンパンが出てくる。
「西条さんさ、嘘ついたよね」
 え? と私を見て何が? と聞いてくる。
「初めてここに連れてきたときに私、キャバクラとか行くの? って聞いたよね」
「そんなこと言ったっけ?」
 西条さんは煙草に火をつけて吸い込むと、ふーっと煙を吐いた。
「言ったの。西条さんなんて言ったと思う?」
「もちろん行ったことないよって」
「それ嘘でしょう?」
「嘘じゃないよ」
「ふふ。西条さんって嘘つくとき髪の毛いじるんだよね」
「え!」
「嘘嘘。でも行ったことあるでしょう?」
 煙を吐くと、横目で私を見て、適わないなぁと呟いた。
「あ、やっぱりあるんだ」
 笑い合っていると、サービスです、とバーテンダーがグラスに入ったナッツを出してくれた。お礼を言うと、チョコの盛り合わせくださいと私が言う。しばらくしてお皿にチョコが数種類出される。このチョコはゴディバのチョコで、私がよく頼む。

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あきゅろす。
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