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素晴らしくない世界
10
 翌日、学校の最寄り駅に着いたら、真っ先に駅のトイレに駆け込んだ。
 変わる第一歩として、友達を作ろうと思った。そのためにはまず挨拶。笑顔。頑張って女の子に話しかけよう。何今更とか思うだろうし、なかなか打ち解けることは出来ないだろうけど、少しずつ、少しずつ打ち解けていければ良いと思った。担任も「佐倉から動いてみなくちゃ何も変わらないよ」と言っていた。言われたときはむかついてリストカットをしてしまったけれど、今考えてみればそれはそうだろう。今友達がいないのも自分が原因だし、話しかけるなオーラを出していたのは私自身だ。みんな喋りかけられない雰囲気を私が出していて、始終つまらなさそうにしているし、白い目でみんなを見てきた。私が悪かったのだ。もしかしたら嫌われているかもしれない。だけど私から変わらなくちゃ何も進展はない。
 トイレの鏡を見て、笑顔を作る。固い笑顔だ。西条さんといるときは自然に笑顔を作れるのに。無理して笑ってるように見える。いや、無理に笑っているのだけれど、なんか気持ち悪い笑顔だ。目が笑っていない。口は口角があがっているのだけど目が笑っていないから気持ち悪い。
「何してんの?」
 鏡越しに私を覗き込んで笑う女の子がいた。同じクラスの村上景子だ。彼女は唯一クラスでたまに私に話しかけてくれる女の子。景子もクラスから浮いている人で、私と同じようにひとりでもいいや、と思っているような子で、いつもクラスの隅で足を組んで座っているような子だ。
「佐倉さん、気持ち悪いよ」
「え…」
「何してるの?」
 私は少し困ったように眉間に皺を寄せるが、すぐに下手糞な笑顔作って、笑顔の練習と言った。
「笑顔の?」
「友達作ろうと思って」
「へぇ、」
 景子は自分から話しかけておいた癖に興味なさそうに鏡を見て髪の毛をいじる。
「なんでそんなことするの?」
「…変わろうと思って」
「変わる?」
「ちゃんとしようと思って」
「生きようと?」
「え…」
「わかるよ。佐倉さんいっつも死んだような目してたから。だてに人間観察してないからね」
 へぇ〜と私のことをじろじろ見る。
「ねぇ、佐倉さん。私が友達になってあげるよ。そんな気持ち悪い笑顔の佐倉さんに興味持った」
「やっぱり気持ち悪い?」
「ちょっとね」
 景子は楽しそうに笑って、親指と人差し指を開いた。
「ね、私のこと景子って呼んでよ、私は佐倉さんのこと裕子って呼ぶから」
「景子ちゃん?」
「やだ、それ。呼び捨てで。ね、ほら、私たちもうお友達」
 こんな積極的な人なんだと私は驚いた。教室の雰囲気では怖い人だったのに。とても可愛い笑顔。
「友達ね、ありがとう、景子」
「いえいえ」
 ふたりでトイレを出ると学校へ向かった。何を喋っていいのかわからなくて、私は戸惑ってばかりいたけれど、景子はいっぱい喋っていた。普通の友達。なんか中学生の頃を思い出してなんか嬉しくなった。
 後ろから追い抜いていくクラスメイトには話しかけられなかったが、教室についたら笑顔でおはようといおうと決めていた。
「裕子って不倫してるんでしょう?」
 いきなりでびっくりして声が出なかった。
「この前ね、新宿でサラリーマンとあのハンバーグ屋さんにいたでしょ。見ちゃったんだ。で、話も聞いちゃった」
「村上さん、あ、景子もあの店にいたの?」
「うん。高田先生と一緒に」
「高田先生って担任の?」
「そうそう。私先生と付き合ってるの」
 驚いた。でも景子になら言ってもいいかなと思わせる何かが景子にはあった。最近の私はおかしい。仲良くなってすぐの人になんでも話してしまう。でもそれが、私が変わってきた意味なんだ。
「でも別れようと思ってる」
 私がそういうと、景子はなんで? と聞き返してきた。
「変わろうと思ったから」
「さっきもそんなこと言ってたよね。離れることで変われると思うの?」
「私はそう思ってる」
「そうだね。私も最近先生と別れようと思ってるんだ」
「なんで?」
「私は変わろうとは思わないけど、飽きちゃった」
「そんなふうに思ってるの?」
「うん、人目気にしちゃって何も出来ないのがもどかしくて」
「なんか私たち似てるね」
「そうかな」
「そうだよ」
 景子は学校につくと、頑張ってと私の肩をポンッと叩いた。私は重苦しい雰囲気で頷くと、勢いよく教室のドアを開ける。
「おはよう」
 大きな声でそう言うと、クラスの人たちは私のほうに視線をよこして教室が静かになった。
 ドアの一番近くに数人で固まってた女の子たちにおはようと声をかけると、その子たちは小さな声でおはようと返してくれた。そしてすぐにまた話を始めた。
「よくやった」
 笑って景子は私の肩をまたポンポンって叩いた。
 やった。これで一歩踏み出せた。
「ふぅん。自然に笑うと可愛いじゃん」
 景子はそう言って自分の席に向かって行き、かばんを机に置くといつものように前を睨んで足を組んだ。
 私も席に行くまでにすれ違うクラスメイトにおはようと言いながら歩き、そのたびに不思議そうな視線を送られたが、これでいいんだって嬉しさが溢れてきた。
 席に座って、かばんから携帯を取り出す。ライトがピンク色に光っていて、それはメールが届いていると示しているものだ。携帯を開くと、それは麻衣からのメールだった。
 返事遅くなってごめんね。そしてこの前はひどいことを言ってごめんね。私、情緒不安定で。今日なら授業休講になったから、今日会えませんか? 返事待ってるね。
 今日は良いことばかりだ。先生が来るまでに返事をしなければと急いで返信を打つ。

 四時以降なら大丈夫です。麻衣さんは大丈夫ですか?
 送って三分も経たないうちに返信が来た。
 じゃぁ四時半に池袋のいけふくろう前で。
 わかりました。

 私は決めていた。麻衣とも会うのはこれで最後にしようと。私は変わるんだ。私を情緒不安定にさせる何かを持っている麻衣とも離れて、一からやり直すんだ。だから伝えたいことを麻衣に伝えよう。言いたいことだけ言って別れるというのは自分勝手で麻衣からしたらむかつくことかもしれないけれど、でも私は生きるのだ。リストカットもしばらくはやめられないだろうけど、生きるんだ。全力で。揺れてしまう、悲しくなってしまう、そんなものは排除しようと。
 私は生きる。麻衣さんにはわかってもらいたい。

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