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体のどこかに流れる 第2話


「大輔さん?」
 私が話しかけると、私を見ず電車の窓越しに、なんでしょう、と言った。
 私は何を言いたいのかわからなかった。なんで呼んだんだろうか。
 私は大輔さんを観察した。顔色が悪い。そしてもやしのように細い。ちゃんとご飯食べてるのかなと思うくらい痩せていた。パーカーを羽織っていたが、痩せているというのはパンツの上からでもわかる。
 大輔さんの写真に興味を持った。この人はどんな写真を撮るのだろう、と。死にそうな顔をしているこの人はどのような写真を撮るのだろうと。
「大輔さん」
「なんでしょう」
「大輔さんの写真見てみたいです。」
 そういうと、大輔さんは少し黙ってから、今少しだけど写真は持っているから、見てみますか?と早口で言った。
「はい、見てみたいです」
 周りを見渡すと、大輔さんは小さな声で、
「ここではなんなんで、どこかでお茶しませんか?」と言った。
 さっきまでの憂鬱な気分が吹っ飛んでいた。少しだけ気持ちがわくわくしている。なぜだろう、大輔さんが気になっていた。この細い体の中に何を秘めているのだろうと、すごく気になっていた。こんなオーラも持っている人は遭遇したことがなかった。出会ったことのないような人。人間の習性なのだろう。そういう人に惹かれていく。
「今時間ありますか?」
「はい」
 思わず肯定してしまった。そうすると大輔さんは奇妙な笑顔で、「じゃ次の駅で降りましょうか」と呟き、私はまたもや肯定した。
 電車が止まり、ドアが開くと私達は降りて、駅前にあったマクドナルドに入った。
 私は二人分のホットコーヒーを買うと、席で待っていた大輔さんにおまたせしましたと席についた。
 大輔さんはかばんをがさごそさせて、一冊のアルバムを取り出して、テーブルの上に置いた。私はそのアルバムを手に取り開く。そこは未知の世界だった。いろんな人の写真が貼ってあった。しかしどの写真も被写体が女の人だった。どこかの屋上で女の人がひとがポツンと立っていた。白い部屋に白い服をきた女の人が倒れていた。扉の前で女の人がしゃがんでいる。長い髪の毛の人が顔を隠していた。私は次から次へ、ページをめくっていった。どの写真も独特の世界観があって、吸い寄せられるように夢中にページをめくる。
 なんて怖い写真なのだろうと私は思った。大輔さんという人は何を内に秘めているのだろう。なんとなく写真を撮ることで、その何かを発散されているのだろうと、解釈してみた。
「私」
 私がそう呟くと、大輔さんはコーヒーを啜った。
「生きているのが嫌なんです」
 大輔さんは「そう」と言うと、僕もです。と俯いた。
 なんで私は初対面の出会って三十分も経っていない人にこんなことを喋っているのだろうと思ったが、口が止まらなくなった。この人なら私の絶望を理解してくれるかもしれないと思ったのだ。
「私、なんで生きているんだろうって。高校のときから思っていました。どうして息をしているのだろうと、なんで生きなくちゃいけないのだろうって。よくテレビでは生きなければならない、残されていった人が悲しむから生きろとか、そんなこと言っていても、全部きれいごとにしか聴こえない。そんなこと言ってる人の気持ちは私にはわからない」
 そこま気に話すと、私は大きく息をついた。話していたらまた憂鬱な気分になってしまった。なんでこんなこと話してしまったのか、少しだけ後悔した。
「名前はなんていうの?」
 大輔さんはコーヒーを啜る。猫舌の私はまだコーヒーに口をつけていなかった。
「斉藤舞果って言います。大輔さんは?」
「中丸大輔、二十五歳。シズのお友達だから舞果さんは二十一歳だよね」
「はい、昨日二十一になりました」
「そっか、おめでとう。大学は楽しい?」
「大学行ってないんです。ただのフリーターです」
「僕のサイト見て」
 大輔さんはいきなりそういうと、携帯を取り出した。私も携帯を取り出し電源を入れると、「アドレス聞いてもいいですか?」と聞く。大輔さんはもちろんと言った。
 アドレスを交換すると、大輔さんは立ち上がった。
「あとでサイトのURL送るから」
 帰るのかと思って、私はコーヒーの入ったコップを持ち上げると、大輔さんの後にくっついて、駅までゆっくりとしたペースで歩いて来た。
「舞果さんは電車だよね? 僕これからここで用事あるから」
 私は家のある駅までの切符を買うと、ありがとうございました。と、会釈をして改札口から入っていく。振り返ると、大輔さんは改札口の向こう側で立ってこっちを見ていた。私はもう一度会釈すると、階段を上っていった。
 電車に乗って隣の駅についたころに、大輔さんからメールが来た。開くと、「僕のサイトのURLです。よかったらまたお会いできますか?」と、それと英語の羅列が書いてあった。私は「私も会いたいです」と送って、英語の羅列を選んで、サイトに繋ぐ。トップの画面に先ほどみた白い部屋に白い服の女の人の写真が載っていた。その下にプロフィールとブログと写真という項目と、ランキングが何個か登録してあった。プロフィールの蘭を開いてみた。
「名前、ダイスケ。年齢二十五歳…」
 とだらだらと書いてあり、下のほうに死にたがりの生きたがりです、と書いてあった。生き方がわからない。とにかく人を求めています。
 やっぱり、と思った。大輔さんは私と同じだ。似ている。なんなんだろう、この気持ちは。少ししか話したことのない人なのに、惹かれている。恋愛とは少し違う、気になっている、惹かれている。
 生き方がわからないか。駅に着いて家へと歩き始めた。苦しんでいるのは私だけじゃない。それが少しだけ嬉しかった。
 家についてから夕飯を食べてから部屋に直行し、大輔さんのホームページのブログに目を通してみた。最近は書かれていない。最終更新日が九月の八日。
「死にたくなって、手首を切った。血が出ただけで死ねなかった。なんで死ねないのだろう。僕には写真しかない。それを否定されたのならば、僕の存在は否定されていることになってしまう。どうして誰も助けてくれないのだろう。この暗い世界から。助けを求めることに疲れてしまった。生きるか死ぬか。今の僕にはどっちも出来ない。生き地獄。生きるのは辛い。死ぬのも怖い。こうして今日も一日が終わっていく。」
 私は彼に親近感が湧いた。私もリストカットをしていた人間だったから。私の手首から腕まで傷だらけだった。もう白くなってる傷跡もある。最近は切ることはなかった。私が切る度に武史が悲しそうな顔をするから。そんな顔が見たくなくて、リストカットすることをやめた。武史は「偉い偉い」と満面の笑顔で、私の頭を撫で回す。それが嬉しくて、もうリストカットはやめようと決心した。
 私は高校生の頃から精神が不安定だった。死にたがり屋だったし、なんで武史が私を付き合ってくれてるのがわからないくらい。
 武史はクラスの人気者だった。誰からも頼りにされていて、頭も良かったし、いつも笑っていたから傍から見たら能天気のような、悩みもなさそうな、そんな人だった。武史から告白してきて、なぜ私のだろうと思った。そう聞くと、武史は「舞果のことを支えてあげたかったから。いつも暗い表情をしていて、俺が彼氏になったらそんな暗い顔させない。笑顔でいっぱいにさせて、幸せにするんだ。もちろん舞果の暗い部分も受け入れる。それじゃだめかな? 守ってあげたかったんだ」と真剣な顔で言っていた。私は思わず「はい」と答えていた。
 武史はすごく優しい人だった。私は武史の前だと笑えた。素直に、心から笑えた。だから今まで生きていられた。私は武史がいなかったら、今頃はこの世界にいないかもしれない。武史のおかげで、今ここにいる。でも生き方は相変わらずわからなかった。武史と一緒にいても、どこか思考はふわりとしていて、武史のいない人生を考える。そこはやっぱり今と同じ世界で、代わり映えもしない。こんな状態であのプロポーズは受け入れられないと思った。
 昨日のプロポーズを考えると嫌な気分になってくる。今の私じゃ彼を幸せにしてあげられない。
 私は携帯の電源を再び切ると、大輔さんを思い浮かべていた。また会いたい。会いたい。
 そうして眠りに落ちていた。



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